82ー来訪者
そんなある日、朝から突然のお客様がやって来た。玄関でノックをする音が聞こえたのだ。
珍しい。近所のおばさんなら『朝からすまないね~』なんて言いながら、ドアを開けて勝手に入って来るのだ。
それが、ご丁寧にノックをされたから『誰だ?』とレオ兄が玄関を開けた。
立派な馬車が見えた。その馬車で、みんなは分かったらしい。家の中の空気が、緊張したものに変わったのだ。
「朝早くに突然すまない」
誰かと思っていたら、この街を治めている領主様と息子のクラウスさんだったのだ。
クラウスさんは、教会で会った事があるけど領主様は初めてなのだ。
この街がある領地を治めている領主様、ディートリヒ・フォーゲルさんというそうだ。
伯爵位だったそうなのだけど、俺の件が切っ掛けで夫人や令嬢の罪が明るみに出て降爵となった。今は子爵様らしい。
シルバーブロンドの、サラサラとした髪を後ろで1つに結んでいる。瞳はクールなブルーグレーで、クラウス様は父親似なのだな。良く似ている。領主様をまんま若くしたら、クラウス様になっちゃうのだ。
「ロロ、元気になって良かった」
「くらうしゅしゃま」
「覚えていてくれたのか。今日は謝罪に来たんだ」
謝罪だって。もちろん、あの夫人と令嬢が仕出かした事だろう。
「奥のソファーにどうぞ」
レオ兄が家の中へと招き入れた。レオ兄とリア姉はギルドへ行く用意をしていたのだ。エルザはもう出掛けていた。そんな朝早くだったのだ。
「朝早くでないと、ご兄弟が揃っておられないだろうと思ってね。これ、皆さんでおやつにでもと思って持ってきたんだ」
おう、手土産付きなのだ。でも、俺とニコ兄はまだモグモグと朝ごはんを食べていたのだ。
ふと見ると、ニコ兄の顔が怖い。食べる手も止まっている。とっても怒っているのが分かる。
そのニコ兄が大きな声で言った。
「なんだよ、何の用なんだ!?」
やっぱり怒っているのだ。喧嘩腰で睨みつけている。
「ニコ、失礼だよ」
「レオ兄、失礼なのはこいつ等じゃないか! 突然こんな朝早くからやって来てさ! ロロを酷い目に遭わせて……!」
「その通りだ。すまない」
「ニコ、やめなさい」
「だって……レオ兄」
「話を聞こう」
不気味なのはリア姉とマリーだ。領主様とクラウス様を、見つめながらずっと黙っている。
いつもなら、マリーなんて『まあまあ!』なんて言いそうなのに黙っている。こんな時の2人は本気で怒っているのだ。
ユーリアまで冷ややかな目つきで見ている。3人並んで、黙り込んでいる女子が怖いぞぅ。家の中がブリザードなのだ。
「ロロ君に酷い事をした。申し訳ない」
「申し訳ない」
領主様とクラウス様が頭を下げた。
貴族なのに、平民の俺達に向かって丁寧に頭を下げたのだ。
それでも、みんなは黙っている。応対していたレオ兄の目まで怖い。思わず、俺とニコ兄は椅子から降りてレオ兄の隣に並んだ。
俺はレオ兄の足にしがみついた。すると、レオ兄が俺の頭をポンとした。でも、目は怒ったままだ。
「……謝罪を受け入れます」
「レオ兄!」
「ニコ、いいんだ。ただ……」
「要望があるなら、何でも言ってくれ」
「では、遠慮なく。僕達家族に近寄らないで頂けますか?」
「レオ……」
レオ兄が言った事は、完全な拒絶だ。
謝罪を受け入れるとは言ったものの、今後関わる事はないと言っているのだ。
領主様だけでなく、クラウス様が言葉を失くしている。まさか、お金でも請求されるとか思っていたのか? レオ兄は、そんな人じゃないのだ。まあ、くれるというなら俺は貰っておくけど。
それとも、また何もなかった様に仲良くなんて、都合の良い事を思っていたのだろうか?
「貴族の貴方方にとっては、僕達なんて人とも思わないのでしょうけど」
「そんな事はない。幼いロロを傷付けて申し訳なかったと思っているんだ」
クラウス様が俺の前にしゃがんだ。
膝を突き、俺と目線を合わせて言ったんだ。
「ロロ、すまなかった。痛かっただろうに……ごめんな」
俺の小さな手を握りながら、クラウス様の方が痛そうな表情をして謝ってくれた。
これは、クラウス様も傷付いているのではないのか? そう思って、レオ兄を見上げた。
レオ兄まで、辛そうな顔をしている。だから、他のみんなを見たのだ。
リア姉、ニコ兄、マリー、ユーリア……みんな、レオ兄と同じ様な表情をして口を噤んでいる。息が詰まるような沈黙だ。
こんな事は初めてで、張り詰めた空気に押し潰されそうだ。
俺は単純に、無事に戻って来られたからいいや。なんて、思っていたけど。そんな風に軽く無かった事には出来ない、してはいけない事だったのだと今更気付いた。
傷付いたのは、俺だけじゃないのだ。みんな傷付いたのだ。
俺達だけじゃない。あの令嬢の父親である領主様や、兄のクラウス様も傷付いていたのだ。
「ロロくん……本当にすまない事をした」
領主様までしゃがみ込み、ちびっ子の俺と目線を合わせてくれる。
「私がもっと早くに、気付かなければならなかったのだ。仕事が忙しいからと、妻に任せきりだったのが悪かった。妻と娘が、酷い事をしたと聞いた。怖い思いをしただろう、痛かっただろう。本当に、申し訳なかった」
「えっと……」
どうしよう? 俺みたいなちびっ子に、こんなにちゃんと謝るなんて思いもしなかったのだ。
お読みいただき有難うございます!
今日から第2章に突入です。
続けて読むよ〜!と、応援して下さる方は、是非とも評価やブクマをして頂けると嬉しいです。
感想もお待ちしています!
宜しくお願いします!




