61ーくそぅ
御者をしていた男が、ピカに向かって話し掛ける。
「分かるか? このチビが大事なんだろう? なら、大人しく付いて来い」
「犬にそんな事言って分かるのかよ」
「ああ、こいつは普通の犬じゃないんだ。だから、欲しがるんだろうよ」
なんだって? 誰がピカを欲しがっているのだ? 何なんだ?
てか、いい加減に降ろして欲しいのだ。担がれているのは苦しいのだぞ。
俺は、体を捩り位置を変えようとパタパタと足を動かして訴える。
「じっとしてろって!」
バシンッ! と、ほっぺを叩かれた。
「ぎゃ……!」
うえッ、口の中が切れたぞ。俺に力があったらなぁ。くそぅ。
「ヴヴヴー!」
「だから、手を出すなって!」
「だって、ウゼーんだよ」
「まだチビだぞ。死んじまうぞ」
「チビが目当てなんじゃねーんだろ? もう犬はここにいるんだしよ」
「馬鹿! 普通の犬じゃねーって言ってんだろ」
そんな話をしながら、邸宅の裏に周り裏口から入って行く。地下へと階段を下りる。
空気が湿ったカビ臭いものに変わっていく。薄暗い。何の為の地下室なのだろう?
地面が剥き出しになっている。
その地下室にある、鉄の柵でできた檻に投げ込まれた。
「ぐぇッ!」
「わふッ!」
ピカも入ってきた。大人しく付いてきたのだ。
ガシャンと閉められ鍵をかけられる。
「大人しくしとくんだぞ」
男達が上に戻って行った。
ふぅ……それにしても、痛い。顔もジンジンとして熱を持っている。くそぅ、何なんだよ。何も投げなくてもいいじゃないか。俺は投げ入れられたままの格好で動けない。
「くぅん……」
「ぴか……らいじょぶら。ちろ」
「キュルン」
チロがポシェットから出てきた。心配そうに、グッタリと横たわっている俺の顔を舐める。
「ちろ……手がうごかないのら。なおしぇる? ぽしぇっとに……ぽーしょんはいってるからのみたいのら」
「キュルン」
チロが俺の腕にチョロチョロと乗ってきた。チロの体が白く光る。ホワンと温かくなってくる。
俺は自分のポシェットを探す。くそぅ、何度もポイポイ投げられたから、背中に回ってしまっているじゃないか。手が届かないのだ。
「ぴか、ボクのぽしぇっと……とどかないのら……こっちに……」
ああ、痛い。体もほっぺもお腹も痛い。くそぅ……くそぅ。
ピカがポシェットを、俺の手の直ぐそばに引っ張ってきた。よし、いいぞ。ポーションを出して……と、思っていると人が下りてくる足音がした。
「ちろ……ぽしぇっとにかくれて」
「キュル」
「わふ」
ピカが俺の前に立ちはだかる。俺はポーションが入っているポシェットを握りしめた。
「ヴゥー」
ピカが、威嚇の声をあげている。
そこに、男と一緒に姿を現したのは……
あの領主の令嬢と……その母親である夫人だった。
檻の中で転がっている俺の前に、立ちふさがっているピカを見て夫人が言ったのだ。
「まあ、ちゃんと付いて来ているじゃない。本当にお利口な犬なのね、ふふふ」
そう呑気な事を言いながら、優雅に近寄ってきたのはあの令嬢と母親の領主夫人だったのだ。
領主夫人のフロレンツィア・フォーゲルと、その令嬢レベッカ・フォーゲル。俺を攫った男2人と一緒にやって来た。
今日も優雅につばの広い帽子を被っている。家の中なのに。
2人共、どこかにお出掛けするような綺麗な恰好をしていたのだ。
なんてこった……。
まさかこんな強硬手段に出るなんて……もう俺は、令嬢の事なんてすっかり忘れていたのだ。
油断したのか? いや、令嬢の方が普通じゃないのだ。俺が狙われるなんて、思いもしなかったのだ。
途中で、ピカを狙っていると気付いた時には、もしかして……とは思ったけど。こんな酷い事をするなんて。
檻の中でグッタリとしている俺を見て、目を細め扇子を口元に当てて領主夫人が言った。
「嫌だわ、殺してないわよね?」
「勿論です。チビを盾に犬を大人しくさせてますから」
「そう、子供が死ぬのを見たくないわ」
「お母さま、早く連れて帰りましょうよ」
「レベッカ、待ちなさい」
母親までグルだったなんて思わなかった。孤児院で会った時には、そんな風に見えなかった。そりゃ、娘が我儘に育っても仕方ないのだ。
この令嬢、こんな事をしても平気なのか? 何も感じないのか? まだ子供だろう。今までも同じような事をしてきたのではないだろうな。
令嬢は平気な顔をして、言った。
ああ、この令嬢おかしいぞ。普通じゃない。何かが欠如しているのだ。
「さっさと犬だけ出してちょうだい」
「お嬢、離れておいてください」
男の1人がそう言って、檻の鍵を開けた。鍵を開けたぞ。ピカ、今がチャンスなのだ。
男がピカを外に出そうと手を出してくる。
「ヴヴーッ!」
「ぴか……らめらよ。ばいんどら」
「わふッ」
任せてよ。と、ピカは言ったから任せておこう。
「わぉーん!」
ピカが鳴いた。その瞬間に、男達と令嬢や夫人もピカのバインドで動けなくなったのだ。
突然、体を拘束されたから、弾みで地面に倒れ込んだ。
体のどこかを打ってしまったのかな? 令嬢が「痛い!」と、声を上げている。
「何よ! なんなの!?」
「早く犬を捕まえなさい!」
「動けないぞッ!」
「どうなってんだ!?」
そりゃそうだよ。お前等、ピカを舐めてたね。そうか、夫人達の前でピカが魔法を使う事なんてなかった。知らなかったんだね。
残念だったね。そのまま人が来るまで、転がっているといいのだ。
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