436ー3巻発売記念SS ニコの思い
※このお話は3巻のお話とリンクできるよう、四兄弟がお墓参りに行く前のお話にしました。
少し前のことになりますが、ニコはこんな気持ちでいたのだと思いながら読んでいただけると嬉しいです。よろしくお願いいたします。
◇◇◇
「うぅ~ん、どうしようかな?」
俺自慢の畑の片隅で、ちょっとだけ考え込んでいた。一応場所は開けたし何を植えるのかも決めてるんだ。
「ニコ、どうした?」
「ドルフ爺、花を植えたいんだけどさ」
「あ? 今度は花なのか?」
「うん、もうどの花にするか決めてるんだ」
「そうなのか? なら苗を見に行くか?」
「苗? 種じゃなくて?」
「おう、最初は苗の方が育てやすいんじゃないか? 野菜と一緒だ」
「そうか? そうかな?」
俺の師匠であるドルフ爺がそういうなら、そうなのかな? うん、どうしよう? 花なんて植えるのは初めてだから分からないことだらけだ。
「セルマの畑に行くか?」
「セルマ婆さんの? なんでだ?」
「なんだ、知らないのか? セルマは花を育ててるんだぞ。街の市場で売ってるしな」
「そうなのか?」
「おう、花はセルマの方が専門だ」
ええー、知らなかったぞ。セルマ婆さんといえばロロの日向ぼっこ友達としか思っていなかった。
野菜全般がドルフ爺で、花はセルマ婆さんなのか。
ドルフ爺の家って、育てるのが得意なのか?
「なあ、ドルフ爺。もしかしてセルマ婆さんも凄いのか?」
「あ? 凄いってなんだ?」
「だってドルフ爺も凄いんだろ?」
「ワッハッハッハ! ワシは凄くないぞ。だがセルマはそうだなぁ……」
ドルフ爺にその時教えてもらって驚いた。セルマ婆さんって若い頃は、花のスペシャリストとして有名だったんだって。しかもドルフ爺と一緒に論文まで発表している凄い人らしい。若い時は、城の花壇の監修もしていたことがあるんだって。城だって、ありえねーよ。
「ほら、虫除けに使ってるのがあんだろう? あれを完成できたのも、セルマが一緒に研究してくれたからだ」
「ええーッ!」
てか、あれをドルフ爺が発明したってことも知らなかったんだけど!
なんだよ、なんだよ! 十分凄いじゃないか! あんなにおっとりとしたセルマ婆さんまで天才なのかよ! 驚いてあんぐりしてしまったぞ。
ドルフ爺に連れて行ってもらったセルマ婆さんの畑を見てまた驚いた。
「スッゲーじゃんッ!!」
「おう、そうだろう? ワッハッハッハ!」
俺たちが世話している畑の奥にあったセルマ婆さんの畑は、広くて花が沢山植えられていた。
こんな奥までわざわざ来ることもなかったし、全然意識してなかった。
俺は花なんて詳しくない。だけど色とりどりの花が咲いている畑を見ていると、こんなに綺麗に咲かせるなんて凄い人なんだと思う。
俺の周りには凄い人ばっかりだ。これはラッキーだぞ。教えてもらえるじゃないか。
「ちょ、ちょ、ドルフ爺! なんで今まで教えてくれなかったんだよ!」
「ああん? だってニコが花に興味があるなんて知らねーだろうよ」
「いや、興味はないんだけどさ」
「ワッハッハッハ! なんだそりゃ! でも育てるのか?」
「うん、お墓参りに持って行きたいんだ」
「ああ、両親のか?」
「そうだぞ。母様が育てていた花をさ、俺が育てて持って行きたいんだ」
「ニコ、お前良い奴だな」
「なんだよそれ!」
ドルフ爺と話していると、畑の中からセルマ婆さんが気付いてやって来た。
「あら~、ニコちゃんじゃない。どうしたの~?」
「セルマ婆さん! 俺に花の育て方を教えてくれ!」
「あらあら~?」
「両親の墓参りに、母親が育てていた花を自分が育てて持って行きたいんだとよ。泣かせるじゃねーか」
「まあ! 素敵だわ~、なんて花かしら?」
「えっとな……」
俺はセルマ婆さんに説明した。ピンクのアネモネと、白い小さな花のスノードロップ、黄色のフリージア、それに淡いブルーのネモフィラだ。それとラベンダーもあるといいな。
「あら、ちょうど今の時期に植えると良いわ」
セルマ婆さんが説明をしてくれながら、畑の中を移動する。
畑の片隅に小さな葉っぱが沢山あった。まだ花が咲く前の小さな苗だ。そんなの見たって俺にはどれが何の花なのか全然分からない。
「この辺がそうなのよ~、元気なのを持って行くと良いわ」
スコップでそっと掘り起こしてまとめてくれる。セルマ婆さんの手つきがとっても優しい。
ドルフ爺は力強いのだけど、セルマ婆さんはそっと赤ちゃんに触れるみたいに苗を掘り起こしてくれる。
「花はね、繊細なの。だからドルフ爺には少~し不向きだったのね~」
「ワッハッハッハ! ワシは、ガッとやってしまうからな」
ガッとって何だよ。でもよく分かる。雑なわけじゃないんだけど、ドルフ爺だと多分豪快すぎるんだろうな。野菜だってもう少しそっとすれば良いのにって思う時があるから。
「さあ、これで全部だわ。ドルフ爺、持ってちょうだい。植える場所を見せてちょうだいね~」
「うん、セルマ婆さん。一応土を作ったつもりなんだ」
「あら、そうなのね~」
おっとりとしたセルマ婆さん。どうしてこの豪快なドルフ爺と夫婦になったのか、やっぱ不思議だ。
「ニコ、なんだよその顔は?」
「だってドルフ爺はこんななのに、セルマ婆さんはめっちゃ優しいからさ」
「あらあら、ふふふ~」
「ワッハッハッハ! そうか! こんなか!」
大きな声で笑いながら俺の背中をバシバシと叩く。だから痛いって。
ドルフ爺に会ったのは偶然だ。偶然越してきた家のお隣さんだった。俺が冒険者ギルドに登録できないと言っていたら、なら畑を手伝えと言ってくれた。冒険者にならなくても、役に立てるぞって言ってくれたんだ。
毎日泣いていたロロのことも、セルマ婆さんと一緒に気にかけてくれた。二人がロロを畑に連れ出してくれたから、ロロは一人でも平気になったんだ。
「ありがてーな」
「ん? なんだ、ニコ」
「だってドルフ爺とセルマ婆さんには世話になってばっかだ」
「何言ってんだ」
「そうよ~、ニコちゃんたちは私たちの孫みたいなもんなのよ~」
「おう、そうだぞ」
「ありがとな」
「育ててらした花で分かるわ~。とっても温かくて優しいお母様だったのね」
「おう、いつもニコニコしてた。怒ったら超怖いんだけどな」
「そりゃ、怒ったらだれだって怖いさ」
ワッハッハッハ! と笑いながら俺の頭をガシガシと撫でる。だから力が強いんだって。頭がグワングワンするじゃんか。
俺の畑でセルマ婆さんと話していると、トコトコとやって来た。
「にこにい、どるふじい、しぇるまばあしゃん、なにしてるのら?」
ロロがピカに乗ってやってきた。ロロの頭の上にチロが乗っている。そしてロロの後ろに、目をキラキラさせながらディさんが立っていた。
「セルマ婆さん、花を植えるの?」
「あらあら、ディさん。ニコちゃんがね、育てるんですよ」
「へぇ~、ニコが」
そう言いながらじっと俺を見ている。さすがに俺にも分かる。こんな時はあれだ。ディさんのスキルを使ってるんだ。
「ディさん、俺にできそうか?」
「何言ってんの。ニコは緑の手を持っているんだよ。楽勝だよ~」
ええー、めっちゃ軽い言い方なんだけど。信用してもいいのか?
「あ、ニコ。疑ってるね?」
「だってディさんの言い方がさ」
「このディさんを信じなさいッ!」
「ま、信じるけどさ」
「うんうん、良い子だね」
ディさんがしゃがんで土を手に取った。ニギニギして匂いを嗅いだりしている。
「セルマ婆さん、この土だとどうかな?」
「そうなのよ~。お野菜を育てるならとっても良いのだけど」
え? なんだ? 野菜と花だと土も違うのか?
「ニコ、野菜を育てる時は水はけがよくてお水をため込む力もある方が良いんだ。あとは通気性と栄養分だね」
おう、それは知ってる。ドルフ爺に教わったからな。だからそんな土を用意したんだ。
「でも花はね、水分と栄養分が必要なのは同じなんだけど水が貯まった状態にならない方が良い。水はけをよくしないといけないんだ。通気性は同じだね」
えっと、野菜より水はけが良い方がいいってことか?
「もう少しサラサラな土を混ぜる方が良いわね、ドルフ爺」
「ああ、持ってきてやろう」
土が違うのか。何でも一緒だと思ってた。ロロが俺の隣に来て顔を見てきた。
「にこにい、わかるのら?」
「おう、分かるぞ」
「じぇんじぇん、わからないのら」
短い腕を組んで頭をヒョコッと傾けている。なんで偉そうなんだ? 可愛いなぁ。
「ロロはまだちびっ子だからな」
「にこにいも、ちびっこら」
「なんでだよ、俺はもう大きいぞ」
「ちびっこなかまなのら」
「ええー」
で、ずっとピカに乗っているんだな。ピカも嫌がりもせずに尻尾を振っていたりする。
1年前、ここに引っ越してきた頃にロロは一人で外に出られなかった。今ではピカに乗って畑の中を悠々と歩いている。みんながロロに声を掛けてくれる。それに応えてロロも手を振ったりしている。
まだ時々夜泣きはするけど、元気になった。ここに馴染んでいる。
そんなことを考えながら、ドルフ爺が持ってきてくれた土を混ぜる。何故かディさんも一緒になって鼻歌を歌いながらせっせと混ぜている。
「ボクもしゅるのら」
「ロロはまだちびっ子だから無理だぞ」
「ええー、れきるのら」
「そうか?」
「しょうなのら」
「じゃあ、このスコップを貸してやるよ」
「うん!」
ヨイショとピカから降りて、スコップを持ってディさんとセルマ婆さんの側にトコトコと走って行く。
ここで育てた花を父様と母様のお墓に供えるんだ。
みんな元気でやってるよって、心配しなくていいからなって言うんだ。
「ニコちゃん、きっと綺麗に咲くわよ~」
「うん、セルマ婆さん。ありがとな!」
「ふふふ、良いのよ~」
俺たちは周りの人からたくさんの気持ちをもらっている。みんな気に掛けてくれている。
リア姉、レオ兄、マリーたちもいる。だからな、大丈夫だぞ。俺もロロの兄ちゃんとして、ちゃんと見ているから安心して欲しい。
父様、母様、会いに行くよ。俺の育てた花を持ってさ。




