434ー盲点だった
でもディさんはピカに釘をさすのを忘れなかった。
「ピカ、大人が一緒じゃないと外にでたら駄目だよ」
「わふぅ」
ごめんなさい、と尻尾まで下げている。ピカが謝ることはない。ピカは俺たちを守ってくれたのだもの。
ピカに乗って進むと大きな温室の屋根が見えてきた。ガラスでできたドーム状になっている屋根の立派な温室だ。
中に入ると、まるで植物園みたいになっている。これだけの薬草を集めて育てるのは大変だったろうと、初めて中に入った時に思ったのを覚えている。
「へえ~、凄いじゃない。本格的だね、こんなにたくさんの種類を育てているんだ」
「しょうらじょ。まいあさ、おばあしゃまと、とりにくるんらじょ」
「ん? 薬草を採りにくるの?」
「しょうらじょ」
「うぉるたーしゃんの、こしにちゅかうのら」
「腰? 腰がどうしたの?」
「もう、おとしらって」
「んん?」
「おとしらから、いたいんらっていってたじょ」
「腰が痛いのか」
「でぃしゃん、けがじゃないから、まほうれなおしぇないって」
「ん? 怪我じゃないのか。そっか、だからお年だからか」
「しょうしょう」
「でも、ロロ。チロなら治せるだろう?」
え……な、な、なんですと!?
エルと二人でポカーンと放心状態になってしまった。俺たちは一体なんのために冒険に出たのだろうって話だ。そんな俺たちを見て、ディさんがキョトンとしている。まさか、まさかのチロだった。
「ちろ」
「ろろ、ちろか」
「える、しょうらって」
「え? なになに? どうしたの?」
「らって、でぃしゃん。うぉるたーしゃんの、こしにちゅかうやくしょう」
「とりにいったんらじょ」
「ああ、それであの冒険かぁ。アハハハ」
アハハハじゃない。もっと早く気付けば良かった。チロかぁ、盲点だった。
だってレオ兄が、怪我じゃないから魔法では治せないって言ってたもの。だからチロだって無理だと思い込んでいた。いやいや、チロを思い付かなかった。
「だからロロ、チロは回復に特化してるって話したじゃない。状態異常だって全部治せるだろう?」
「しょうらった」
「ろろ……」
「える、わしゅれてたのら」
「ええー」
ちょっとがっくりと肩を落としてしまう。俺たちって空回りじゃないか。しかもみんなに心配をかけちゃって。
チロが治せるなら、早く治そう。痛いのは辛いもの。すぐにウォルターさんのところに行こう。
「でぃしゃん」
「うん、ウォルターさんを治しに行こう」
「うん」
「おー」
僕も治せるんだけどね~、なんてとっても良い笑顔でディさんが言った。
なんだ、ならチロも出番がないじゃない。
「でも、チロに治してもらおう。使う方がいいからね」
魔法はたくさん使う方が威力が高くなるそうだ。レベルが上がるみたいな感じだね。それにしても、チロかぁ。とっても盲点だった。
「ロロ、どうしたの?」
「ちろがなおしぇるって、もうてんらったのら」
「え? なに? もう?」
「もうてんなのら」
「ああ、盲点かぁ。難しい言葉を知ってるね。でも盲点でもないけどね」
そう、俺が忘れていただけだ。だって、覚えられないのだもの。回復全般といわれてもね。
「らってけがじゃないって、れおにいがいってたから」
「そっか。でもチロは怪我じゃなくても治せるよ。病気もそうだね」
「えー! ならボクのほっぺも?」
「ほっぺが腫れたんだったね。それはちゃんとお薬で治すほうが良いよ」
その線引きはどこなんだ? あれか? 免疫力をつける的な感じなのかな?
「時間を掛けてお薬で治す方が、次に罹り難いんだ」
やっぱそうだ。それで免疫をつけているんだ。そんな考えもあったのか。
「クリスティー先生がね、ずっと昔の辺境伯家のご令嬢と一緒にそんな論文を出したんだ」
「ろんぶん!?」
クリスティー先生ったら凄いじゃないか! それにその辺境伯家の令嬢だ。きっとクリスティー先生が話していた令嬢だよな? 色んな発明をしたという。
「なんら? じぇんじぇんわからねーじょ」
「難しい書物みたいな感じかな?」
「くりしゅてぃーしぇんしぇいは、こわいじょ」
「アハハハ、エルはクリスティー先生が怖いの?」
「らっておこったら、めっちゃこわい。こわいかおをして、おいかけてくる」
そうだね、追いかけられたって言ってたもの。でも普段はとっても優しい人だよ。最初は女の人かと思っちゃったくらいに、綺麗なエルフさんだ。
話しながら歩いていると、マリーがやってきた。
「おやおや、坊ちゃま。どこに行かれるのですか?」
「まりー、うぉるたーしゃんをなおしゅのら」
「しょうらじょ」
「ウォルターさんの腰ですか? 怪我じゃないから治せないって、レオ坊ちゃまがおっしゃってましたよ?」
「マリー、チロなら治せるんだ」
「まあまあ、そうなんですね」
そうなのだよ、コロッと忘れていたけど。
それからマリーも一緒にウォルターさんのいる別棟に行った。
トントンとノックをして、マリーが声を掛ける。
「ウォルターさん、入りますよ」
はい、どうぞと中からウォルターさんの声がした。
相変わらず窓を開けて、お外を見ている。
「おやおや、エル坊ちゃまとロロ坊ちゃま。それに?」
「僕はディディエ・サルトゥルスルです。腰を見せてもらおうと思って」
ウォルターさんがびっくりしている。




