419ーウォルターさん
「ロロ、普通のお爺ちゃんだよ」
「れおにい、しょう?」
「うん、言葉は少ない方だけどね」
ほうほう、俺がお爺ちゃんと言われて思い浮かべるのは、やっぱドルフ爺だ。あの賑やかで超元気なお爺ちゃん。あんな感じではないだろうとは思う。ドルフ爺は、色々特別だから。
「ロロ、なに?」
「おじいちゃんって、どるふじいをおもうのら」
「アハハハ、ドルフ爺みたいではないなぁ」
「うん、どるふじいは、とくべちゅなのら」
「そうだね、色んな意味でね」
そうそう、色んな意味でね。一度会ったら忘れられないと思うよ。しかも一族みんなが有名人なんてさ。
どうしてるかな、なんだかもう懐かしく思ってしまう。
「きっとみんな元気だよ」
「うん」
ディさんもどうしてるかな? きっと相変わらず特盛サラダを、モシャモシャと食べているのだろうな。
◇◇◇
俺たちがそんなことを話していた頃だ。ルルンデのドルフ爺とディさんは相変わらずだった。
「ぶ、ぶ、ぶぇっくしょぉーんッ!! ぅおらッだぁ!」
ドルフ爺が大きなくしゃみをしていた。
「アハハハ。なんだよ、それってくしゃみなの? ドルフ爺、風邪ひいちゃった?」
「いや、ディさん。これは誰か俺の噂をしているな」
て、誰も噂なんかしていない。いや、レオ兄と少しだけドルフ爺のことを話していたけど。でも、もしかしたら予感がしたのかも知れない。ただし、それはドルフ爺じゃなくてディさんだろうけどね。
「ロロたちはどうしてるかな~?」
「アハハハ、毎日それ言ってるじゃないか」
「だってドルフ爺、ロロがいないと寂しくってさぁ」
「違いねー」
なんだか毎日、張り合いがないよね~なんて、ディさんが話していたらしい。もちろん、俺は知らない。
だけど、ちょうどこの頃に俺はディさんのことを思っていたのだ。
◇◇◇
伯父様に先導されて、一つの建屋に入って行った。そこの2階にある日当たりの良い部屋に、ウォルターさんはいた。窓際に置かれたベッドの中で、身体を起こしてお外を眺めている。
ゆっくりとこちらを見た。一瞬、表情が揺らぎ、すぐに目を細め穏やかな笑みを浮かべた。やっと自分の役目は終えたといったような安堵感も感じられる。
お爺ちゃんといわれて想像していたよりも、ずっと背筋のスッと伸びた細身の人だった。きっと長旅で無理をしたのだろう。そうじゃなかったら、もっと精悍な印象なのではないかと感じた。
少し伸びた白髪が窓からの逆光で鈍く光っていて、お口と顎に白いお鬚を蓄えている。
細い腕をゆっくりと持ち上げ、静かに俺を呼んだ。
「ロロ坊ちゃま……」
静かに俺の名を呼んだウォルターさんの眼に涙が溜まっていく。
「ロロ坊ちゃま……大きくなられた」
たった1年なのに、ウォルターさんにはそう見えるのかな? 微笑んでいるのに、眼からポロリと涙が零れ落ちた。
「えっちょぉ……うぉるたーしゃん」
「はい、ウォルターです。おそばを離れてしまい申し訳ありません」
俺はピカから降りて、ウォルターさんのベッドのそばに行った。
俺がゆっくりと近づくと、ウォルターさんは眼を細めて俺を見る。俺を見て安心している気持ちが、笑みに浮かんでいた。頬を伝う涙を拭いて色んな言葉を飲み込んだ後、そっと俺に話しかけてくれた。
「……もう、お加減は良いのですか?」
ウォルターさんの方がベッドにいるというのに、俺を心配してくれる。優しい人なのだとそれだけで分かる。
「もうげんきなのら。うぉるたーしゃん……あいにくるのが、おしょくなっちゃって」
「いえ、ご病気になられたと聞きました」
「しょうなのら。ほっぺが、いたいいたいらったのら。うぉるたーしゃん、ありがと」
「何をおっしゃいます」
ウォルターさんの手をそっと握る。温かくてゴツゴツとした手で、俺の小さな手を握り返してくれる。辺境伯家から体育会系の人が多かったのだけど、ここにきてとっても静かなお爺さんの登場だ。
「ご兄弟皆様がご一緒で安心しました。マリーなら必ず一緒にいてくれると思っておりました」
「うぉるたーしゃんの、おかげなのら」
「おやおや、そんなことはありませんよ。私が動かなくても、辺境伯様が動いてくださっただろうと思うのです」
と、言いながら俺の手を両手で包む。
「でもあの時は、とにかく一刻も早くお知らせしないとと思ったのです」
知らせてくれたから、テオさんとジルさんが来てくれた。やっぱりウォルターさんのおかげだ。
「しょうら、れおにい」
「ん? どうした?」
「ボクの、いたいいたいとんれけ~れ、なおしぇない?」
「あー、怪我じゃないから無理だよ」
「しょっか」
ふふふ、とウォルターさんは笑った。
「年には勝てませんな」
「ウォルター、無理をしたのだろう? ゆっくり休むと良い」
「シュテファン様、ありがとうございます。ご迷惑をお掛けしてしまって」
「げんきになるのら」
「はい、ロロ坊ちゃま。レオ坊ちゃまが、跡を継がれるのを見るまでは元気でおりませんと」
そうそう、まだまだ元気でいてもらわないと。
あの時ウォルターさんは、このままだとあの自称父の弟夫婦に仕えなければならなくなると察したそうだ。
両親が亡くなって、領地のことを一番分かっているのは自分だったからと。




