411ー知らない母様
エルが身体を乗り出して、フィンさんに訴えている。
「とうしゃま、ぼくもていまーになるじょ!」
「アハハハ、それはどうかなぁ?」
「え、らめか?」
「エルは魔法の勉強が苦手だろう?」
「にがてじゃないじょ。けんのほうが、しゅきってらけら」
「ボクは、けんはじぇんじぇんちゅかえないのら」
「ぼくがおしえてやるよ!」
「うん」
エルのちょっぴり得意げな笑顔がとっても眩しかった。
みんなでお茶をしているところに、お祖母様がやってきた。
「まあ! みんないないと思ったら、ここにいたのね」
「おおばあば!」
「エル、ベッドに上がったら駄目でしょう」
「え、らってろろは、ともらちなんら」
ふふふ、それは関係ないと思うよ、エルくん。何を言っているんだ? と、言わんばかりのキョトンとしたお顔をしている。
「ロロに無理させたら駄目だわ」
「らって、ひまなんらよな?」
「うん。 おばあしゃま、たのしいのら」
「ロロったら、またお熱が出ちゃうわよ」
「もう、らいじょぶ」
「なー、もうへいきなんらよな!」
こんな感じも、初めてだ。大勢でお茶を飲むなんて。ニコ兄が手伝っている畑の人たちとはあったけど、今はみんな身内でまた違った雰囲気だ。
「ロロのお母様が、こうしてお熱を出した時に看病したことを思い出すわ」
「かあしゃま?」
「そうよ、ロロみたいにほっぺを腫れさせてね。ふふふ」
お祖母様は俺たちの母様の母親だ。だからそれを知っていても当然なのだけど、俺たちの知らない母様を知っているというのが新鮮だった。
お祖母様がベッドのそばに置いてある椅子に座って、俺とエルの頭を順に優しく撫でてくれる。とっても優しい目で、懐かしんでいるみたいにも見えた。
「あの子の時もね、お熱が下がったと聞いたらみんな部屋に集まってしまったの。こうしてみんなでお茶をしていたわ」
「クロエは、ほっぺが腫れたと大騒ぎでしたね」
「ふふふ、そうだったわね」
このお邸には母様の思い出がたくさんあるのだ。まるで俺たちの知らない母様が生きているみたいに。
いくら母様の幸せのためだと言っても、もう二度と会えないかも知れないのに送り出すのは寂しかっただろう。
母様だって、そうだ。家族と離れて、他国に嫁ぐ。それもひっそりと国を出るなんて。それだけ父様を想っていたのだろうけど。
「クロエは幸せそうだったわよ。ウォルターが送ってくれる文から伝わってきたわ」
そうだ、ウォルターさんだ。みんなはもう会ったのかな? 俺は全然覚えていないのだけど。
「ロロ、どうした?」
「れおにい、もうあったの?」
「ん? ウォルターかな?」
「しょうなのら。ボクはじぇんじぇんおぼえてないのら」
「ロロ坊ちゃまはまだ2歳でしたからね」
と、マリーは言うけどたった1年前なのに。
レオ兄が教えてくれた。お邸に着いて、すぐに俺が倒れちゃった。その看病をしながら、ウォルターさんとも会ったそうだ。
「とっても弱っていてね、まだベッドから起きられないんだ」
「ウォルターは無理をしてくれたのね」
「あらあら、もうお年ですから回復するのも時間が掛かるのですよ」
マリーったらこんなことにも大雑把だ。心配しているくせに。だって話だと、マリーは毎日何度もウォルターさんのお顔を見に行っているそうだ。
俺の看病をしながら、ウォルターさんのお世話もしていたらしい。
「私がお邸でお世話になってからずっと、色々教えていただきましたから」
そうだ、ウォルターさんはマリーより年上なのだった。
「ロロも元気になったら会うと良いよ」
「うん、れおにい」
会いたいね。お礼を言いたい。ウォルターさんが頑張ってくれたから、こうしてお祖母様たちとも会えたのだ。
お祖母様とお祖父様に会って分かったことなのだけど、ウォルターさんがこのお邸に知らせてくれたのと同時期に辺境伯のイシュトさんからも便りが届いたらしい。
両親の訃報と、俺たちの行方が分からなくなっていると。だから、辺境伯家からもラン爺が捜索に出ようかと考えていると言ってくれていたらしい。
そのころにはテオさんがもう捜索に出る準備をしていたそうだ。
「僕の従弟たちだからね。なんとしても僕が探し出そうと思っていたよ」
「よく探し出してくれた。テオ、お手柄だ」
「父上、当然ですよ」
「でも途中で手掛かりがなくなった時は途方にくれましたね」
「ジル、それを言うんじゃないよ」
そこでよくマリーのことを思い出したものだと感心する。それもウォルターさんが、細かく文に書いてくれていたからだ。俺は全然覚えていないけど、ウォルターさんグッジョブなのだ。
そんな数日を過ごして、俺のほっぺは無事にいつものほっぺに戻った。
「もう、おしょとにれても、いいのら」
「あらあら、坊ちゃま。今日はお庭で少しだけですよ。少しずつ慣らしましょう」
「わかったのら」
俺、復活だ。いつもの服に着替えさせてもらって、マリーと一緒にお部屋を出る。
「わふん」
「らいじょぶらよ」
ピカが、ふらついたりしない? て、聞いてきた。本当にピカさんは心配性になったよね。
「キュル」
チロが俺の肩に乗ってきた。ポシェットを持っていないからだね。




