406ーだって楽しかった
そのあと俺は、お医者様に診てもらってお薬を飲んだ。お熱が出た時にレオ兄が作ってくれる薬湯より苦かったのだけど、薬草独特の青臭さは少なくてまだ飲みやすかった。この世界にもこんなお薬があるのだな、なんて思ったりした。
でも女神の世界であの果物を食べさせてもらったから、もう大丈夫なのだ。
「ロロ、まだ寝ておけよ」
「えー、にこにい」
「駄目だよ、ニコの言うとおりだ。本当に高い熱だったんだ。それに丸2日も眼を覚まさなかったのだから。もっとお熱が続いてもおかしくない病気なんだ。早くお熱が下がって良かったよ」
「れおにい、わかったのら」
あー、それはきっと女神の世界であの果物を食べさせてもらったからだ。
そんなに眠っていた感じがしないのだけど。お腹もあまり空いていないし。
「ほんとうに、しょんなにねてたの?」
「そうだよ。まだ安静にしておこうね」
「れおにい」
「うん、どうした?」
「ぴんちなのら」
「アハハハ、連れてってあげよう」
とってもピンチだった俺の膀胱、レオ兄に抱っこして連れてってもらって事なきを得た。
「ふゅ~、あぶなかったのら」
「ふふふ、ロロったら」
だって、もう3歳になってまでお漏らしはしたくない。それよりも、丸2日も眠っていたのにお腹が空いていないのはどうしてなのかな? 女神の世界であの果物を食べたからかな?
「お熱が高かったから、食欲もないんだよ」
「れおにい、しょう?」
「そうだよ、だから安静にしておかないと駄目だよ」
「わかったのら」
ずっと心配そうな顔をして見ているお祖母様が気になる。目の下にクマができているじゃないか。
俺がベッドに戻ると、すぐそばに来て手を握ってくれる。温かくて柔らかくて、リア姉やマリーとは違う手だ。心がほんわかと温かくなるような気がした。
俺たちにも、こんな存在の人たちが本当にいたんだと思った。マリーやドルフ爺、ディさんたちも良くしてくれる。でも、お祖母様はまた違うんだ。お祖母様の温かい気持ちが、俺を包み込んでくれるようなそんな感覚。
「おばあしゃま……」
「ロロ、ごめんなさいね。私が気付かないといけなかったのに」
そんなふうに思っていたのか。お祖母様は悪くない。誰も悪くなんかない。
きっと辺境伯邸にいる間、楽しすぎたのだ。毎日フリード爺やラン爺と、お出かけしたり遊んでもらったりで、とってもとっても楽しかった。初めてのことがいっぱいで、毎日ワクワクしていた。だから自分でも気付かなかった。
「おばあしゃまは、わるくないのら。とってもたのしかったのら」
「ほら、やっぱそうだ。楽しくてテンションが上がり過ぎたんだろう?」
「にこにい、しょうみたいなのら」
「だって毎日本当に楽しかったもんな」
「しょうなのら」
俺とニコ兄の会話を聞いていたお祖母様が、ほんの少しだけほっとしたような表情になった。少し強張っていた表情が、緩んだんだ。
「まだロロは幼いから、それも私が考えないといけなかったのよ」
「お祖母様、もう大丈夫ですよ」
「ええ、レオ。そうね」
「らいじょぶなのら」
「でもまだ横になっていましょうね」
「あい」
ああ、せっかく到着したのに。楽しみにしていたのに、まさかいきなり倒れるなんてね。
この世界では、おたふく風邪とは認識されていない。耳の下が痛くなって腫れてお熱が出る。そんな病気もあるというだけだ。できることといえば、薬湯を飲んで寝ているしかない。
でもこの世界の薬湯って、かなり効果が高いと俺は思っている。もしかしたら、レオ兄が作る薬湯だからそうなのかも知れないけどね。多少のお熱なら、レオ兄に薬湯を作ってもらって飲んで眠ったら翌日には下がっている。それは凄いことなのだ。
ウイルスや細菌なんて考えのない世界だ。抗ウイルス薬や抗生剤なんてないのに、薬草で作った薬湯で事足りる。それでも少し怠さが残る時は、下級ポーションを飲む。それで元気いっぱいだ。
俺はお医者様に出してもらったお薬を飲んだせいか、起きていられなくてまた眠った。
◇◇◇
(レオ視点です)
ロロが目覚めて良かった。ほっぺが腫れていたから、そのせいでお熱が出たのだろうと分かっていた。お医者様もそう言っていたから大丈夫だと思っていたけど、きっと疲れもあったのだろう。
でも、高い熱が出て真っ赤な顔をして眠っている時には心配した。苦しそうで見ていられなかった。
一緒にロロを看病していたお祖母様も心配そうにしていた。ロロのそばを離れなかったんだ。
貴族の、それも侯爵家のお祖母様にこんなことをさせても良いのかと、僕は戸惑っていた。だけど、お祖母様がそんな僕の気持ちを察して言った。
「あなたたちは私の大事な孫なのよ。クロエの忘れ形見なの。ロロだけじゃなく、もしもレオが倒れたとしても私は同じことをするわ。看病させてほしいの」
お祖母様の気持ちが嬉しかった。今まで僕が一番冷静でいなきゃと意識して気を張っていたけど、ここには無条件で僕達を大切に思ってくれる大人がいる。僕達の祖父母や伯父という存在の人たちがいる。
それがこんなに安心するなんて思いもしなかった。




