351ーぶどう畑
結局鍛練が終わってみれば、リア姉が途中で座り込んでしまっていた。
「だから姉上、無理しちゃ駄目だって言ったのに」
「なによぅ、レオは余裕なのね」
細い身体のどこにそれだけのスタミナがあるのか分からないのだけど、レオ兄は余裕だった。それに驚いたのはニコ兄だ。
「リア姉、俺の方がマシだったな!」
「もう、ニコったら酷いわ」
リア姉は9歳のニコ兄よりも早くへばっていたのだ。なんだ、リア姉。ダメダメじゃん。
「りあねえ、がんば」
「ロロー!」
抱きついてきちゃったけど仕方ない。少しだけ俺のお腹をフニフニさせてあげよう。
「ね、ロロ坊ちゃま。言った通りだったでしょう?」
「うん、しょうらね」
「何よ、エルザ。何を言っていたのよ」
「なんでもないです~」
「だって、こんなにハードだと思わないじゃない!」
それはそうだ。俺もここまで本格的にするのだと思わなかった。しかもあの掛け声だ。
辺境伯がとっても大きな声で叫ぶと、『おおーッ!』と兵士達が雄叫びをあげる。『はぁ~い!』と黄色い声も混じっていたけど。
「姉上は最初から飛ばすからだよ」
「うん、そうだな」
「ええー、そうなの?」
「そうだぞ。リア姉は、もっと力の配分を考えないと駄目だぞ」
「ニコー!」
今度はニコ兄に抱きついている。なんだ、まだ体力が残っているじゃないか。
「レオ、ニコ、頑張ったな」
「ラン爺、きつかったですよ」
「おう、俺は最後までできなかったし」
「いや、ニコの歳なら上出来だ。それにしても、リア」
「はい~、分かってます」
「そうか? 君は力加減ができないタイプかな?」
あらら、言われちゃった。テオさんとジルさんもやって来た。汗を拭きながらだけど、まだ余裕がありそうだ。
「アハハハ! まさかリアが脱落するとは思わなかったな」
「テオ様、そうですか? 私は予想できましたよ」
二人は難なく最後まで熟していた。冒険者ランクとこれとは別物らしい。
テオさんとジルさんは隣国の人なので、そう度々来る事はできない。だから来た時はいつも、フリード爺やラン爺に付いて鍛練したり討伐に出たりしているのだそうだ。
今日もこれからまた鍛練するらしい。なんて体力なのだ。体力バカなのか?
それはテオさん達の領地も隣国の辺境になるからだそうだ。同じ様に森がありダンジョンがある。だから必要らしい。
朝からとってもハードな事をして、その後俺達は馬車に揺られてぶどう畑に向かっていた。
俺は貴族の馬車に乗るのが初めてだ。いや、赤ちゃんだった頃に乗った事があるらしいけど覚えていない。
お墓参りに行った時に乗った幌馬車とは乗り心地が全然違っていて、クッション無しでも俺のお尻は無事だった。
そのぶどう畑を管理している人が、昨日来ていたシゲ爺だ。
馬車で邸の周りを大回りして、裏側に出る。そこを森のすぐ側まで行った山側に果樹園が広がっていた。緩やかな傾斜地に規則的に並んだぶどう棚が見えてきた。以前は森の端だった場所を少しずつ開拓し果樹園にしたのだろう。
果樹園の一角、水はけの良さそうな傾斜地一面にぶどう畑がある。その並びに小規模だがワイナリーらしき物もある。果樹園に続いている道からその奥まで、ぐるりと森側には高い防御壁もあった。
この世界で初めて見る景色だ。
「おう! 来たかーッ!」
と、遠くからピューッと走ってきて、出迎えてくれたシゲ爺。超元気だ。
「シゲ爺、今日は世話になるぞ!」
「イシュト様、奥様! ようこそおいで下さった!」
辺境伯のイシュトさん以上に大きな声の爺さんだ。
それにしても、昨日も思ったけどあの杖だ。今も肩に担いでいる。全然杖の役目を果たしていない。
さっきだって杖を脇に抱えて、めっちゃ速く走っていた。全然必要ないじゃないか。
代々あの杖を持っているのですよと、クリスティー先生が教えてくれた。でもあれって杖の意味がないぞ。
「あれは武器なのでっす」
「「ええー!」」
またニコ兄と二人一緒に驚いた。武器だって。杖と見せかけて武器だよ。
あの杖は、トレントという木の魔物の枝から作った物だから、とっても丈夫なのだって。あれでバシコーンと殴って、魔獣や魔物をやっつけるらしい。
しかも仕込み杖になっていて、シャキーンと抜けば剣になる。かっちょいいぞぅ。
あんなお爺ちゃんでも武器を持っているのか。もしかして強いのか
「しぇんしぇい、ちゅよいの?」
「はい、強いですよ。もう現役は引退してますけどね。Bランクでしたか」
「どるふじいと、いっしょなのら」
「ドルフ爺を鍛えたのが、あのシゲ爺でっす」
「「ひょーッ!」」
「シゲ爺もドルフ爺も、朝の鍛練を軽く熟しますよ」
「あー、ドルフ爺ならやりそうだ」
「えー、しょうなの?」
この領地に来てから、驚く事ばかりなのだ。
ルルンデの街とは全然違う。強い人ばかりだ。それが必要な領地なのだろう。
改めて辺りを見渡すと、本当に森が近い。果樹園のすぐ向こう側が鬱蒼とした森だ。しかも立派な樹々が、どこまでも続いていてとっても広そうだ。だから魔獣も多いという事だ。




