345ーニコ兄の思い
「ニコとロロは、そんな事考えなくても良いんだよ」
「らって、れおにい」
「レオ兄は学園に行くべきだと思うぞ」
「ニコ、ロロ、私がずっとそばにいるわ」
「らめ。りあねえは、もっとべんきょうしないと、らめなのら」
「そうだよな。リア姉はそうだ」
「もう、二人共酷いわ」
リア姉は勉強が嫌いだからね。だからといってできない訳じゃない。リア姉もレオ兄ほどじゃなくても、学園では良い成績だったはずなのだ。
リア姉もちゃんと勉強して、貴族令嬢としての知識をつける方が良いに決まっている。
「でも本当に、私よりレオなんです」
「姉上」
「だってレオ。私はあの学園に戻る気はないもの」
「リア、そうなのか?」
「はい、ラン爺」
みんな俺達の事を心配してくれているのだ。将来の事を考えて、復学する方が良いと言ってくれている。だけど、リア姉はあの学園に行きたくない理由がある。
勉強をしたくないという事ではなく、他に理由があるのだ。それはリア姉が貴族を嫌う原因でもある。
「リア、他にも何か理由があるのか?」
「私達が家を追われた後です。貴族簿を閲覧する為に力を貸してくれないかと、友人だった人達を頼ったんです。その時に、もう貴族じゃないのに話しかけないでくれと蔑んだような眼で言われました」
「そうなのか?」
俺は詳しい事は知らない。でもルルンデの街にやって来てから、リア姉とレオ兄が苦労していた事くらいは想像がつく。嫌な思いもしたのだろう。
だけど、貴族簿ってあのギルマスが貴族だって事とか、レオ兄が話してくれた事だよな? 俺達の貴族籍の事だ。
リア姉はきっとその事で、貴族が信じられなくなっているのだろう。だってリア姉は貴族を良く思っていない。俺が攫われた事も、原因になっていると思う。
「はい。それに姉上の元婚約者が酷い人だったので……」
「婚約していたのにか?」
こんな話になると、一番話を進めるのはラン爺らしい。ずっとラン爺が受け答えをしてくれている。
「はい、雇ってやるから愛人になれと言われました」
「なんだ、そいつは!?」
本当に、何だそいつは!? リア姉がそんな奴と婚姻しなくて良かったぞ。
俺は腕を組んで、プンプンなのだ。怒っているのだぞ。うちのリア姉に、何て事を言ってくれたのだ。
でも、ラン爺はとっても冷静に話を続けた。
「リア、学園じゃなくて隣国の学院に入学し直す事だってできる。レオもだ。ユーリの妹も学院に通っている」
確か、寮に入っているとネリアさんが話してたっけ。俺達の母が通っていたのも学院だ。
隣国にある学院はリア姉達が通っていた学園とは違って、貴族じゃない人達も一緒に勉強しているのだそうだ。
何故なら、隣国には優秀な人達を援助する制度があるのだって。その制度を利用して、一般庶民も入学する事ができる。それに、学院の中では身分は関係ないらしい。
と、いっても多少は仕方がない。偏見を持っている人だっているそうだ。それでも、学院の方針がそうなっているから、大っぴらに差別をしたりする人はいないらしい。
その所為か、貴族と平民との間もこの国よりは近いそうだ。
「でもそれだと遠いので……」
「ニコとロロなら私達が面倒をみても良いと思っているよ。侯爵がおられるから、私達の出番はないと思うのだけど」
侯爵って母さまの実家の事だよな? ラン爺が言ってくれた事は有難い。とっても有難いのだけど……俺はそんな話になるとウルウルしてしまうぞ。
手をギュッと握りしめて、涙を堪えようとする。一生懸命我慢しようとしているのだけど、勝手に涙が溢れてくる。
「うぅ……」
「ロロ、大丈夫だよ。分かっているから」
レオ兄が優しくそう言ってくれる。泣かなくても大丈夫だと、俺の頭を撫でてくれる。
「けろ、レオ兄」
「ロロ、もしもワシ等と離れたとしても、ロロ達の事を忘れるわけじゃない。知らない人になる訳でもない。ロロが大きくなって一人で旅ができるようになったら、会いに来てくれたら嬉しいぞ」
「どるふじい……うぇーん」
「ああ、ロロ。すまない。ロロの気持ちを無視している訳じゃないんだ。だが、ルルンデの家にロロとニコとマリー達だけだと不安だろう?」
「ふぇ……えぇーん」
何も言えない。だってルルンデの家を、離れたくないのは俺の我儘なのだ。ドルフ爺やセルマ婆さん、ディさん達と離れたくないなんて我儘なのだ。
「ロロ、泣くなって」
「にこにい……うぇ……」
ニコ兄だって、きっとドルフ爺と離れたくないはずなんだ。俺なんかよりずっとドルフ爺と一緒にいるのだから。でも、何も言わない。
ニコ兄が言わないのに、俺が言えるわけない。
「急いで結論を出さなければならない事でもない。ゆっくり考えると良い。ニコやロロの事もだ」
「ラン爺、俺……」
「ニコはこの家が嫌か?」
「ラン爺、そんな事はないんだ。ないんだけど……」
ほら、ニコ兄はドルフ爺を見た。
「俺達があの家に住むようになって、ドルフ爺がいてくれたから安心できたんだ。俺はドルフ爺に色んな事を教わった。野菜を育てる事、薬草を育てる事だってそうなんだ。ドルフ爺がいなかったら、俺達もっと寂しい思いをしていた。ドルフ爺のお陰なんだよ」
ニコ兄がハッキリとそう言いながら、膝の上でギュッと手を握り締めていた。




