333ー1巻発売記念SS ディディエ・サルトゥルスル
ロロ達とディさんが会う切っ掛けになった事を書きました。
僕はエルフのディディエ・サルトゥルスル。毎朝『うまいルルンデ』で特盛サラダを食べるのが日課だ。今朝もいつも通り、サラダを食べていたんだ。
「ディさん」
「あれ、おはよう。ギルマスどうしたの?」
「ちょっと見てほしい物があんだ」
チンプンカンプンだという様な表情で、ギルマスがやってきた。
「見る? 何を見るの?」
「まあ、それ食べてからで良いから、俺の部屋に来てくれねーか?」
「うん、分かったよ」
それだけ言ってギルマスが店を出て行った。なんだろう? 見てほしいと態々言いにくるという事は、多分僕の精霊眼で見て欲しいって事だろうな。それなら少し興味がある。
そんな事を考えながら、シャクシャクとサラダを食べていた。
「オスカーさん、ごちそうさま」
「おう、ディさん。さっきギルマスが来てたみたいだけど、今日はギルドに行くのか?」
「うん、呼ばれちゃった」
「アハハハ、まあ偶には顔出すのも良いさ」
「そうだね、行ってくるよ」
僕は『うまいルルンデ』の斜め向かいにある冒険者ギルドへ入って行く。勝手知ったるなんとかだ。そのまま受付を通り過ぎて2階へ上がりギルマスの部屋へ。
「ギルマス、お待たせ」
「おう、すまねーな」
勝手にソファーに座っていると、女性職員がお茶を出してくれた。
相変わらず忙しそうにしている。ギルマスが座っているデスクの上には書類が積まれていた。そこから大きな身体を一度ググッと伸ばして、ソファーの方へやってきた。
「で、何を見るの?」
「それがな、これなんだが……」
「ん? ハンカチ?」
「そうなんだ」
一枚の普通のハンカチを出してきた。高価な生地でできた物でもない、庶民がみんな持っている様な普通のハンカチだ。
ギルマスが言うには、最近Dランクで精力的にクエストを熟している姉弟がいるのだそうだ。その子達の頼みらしい。
「姉がリア、弟がレオってんだ。そのレオが見て欲しいって持ってきたんだけどな。俺には普通のハンカチにしか見えねーし」
でもそのレオが、きっと何か付与されていると思うと言っていたらしい。
「そんなの聞いた事ないよ。だってハンカチだろう?」
「俺もそう思ったんだ。だけど、真剣に言ってくるから念のためと思ってな」
「そうなんだ。ふぅ~ん」
そのハンカチを手に取る。ごくごく普通のハンカチだ。ワンポイントで葉っぱの刺繍がしてある。なんだか可愛いな。きっとこの刺繍をした子は、一生懸命したのだろうなと思った。
だって、一針一針丁寧に刺繍してある。
「その刺繍が問題なんだ。レオ達の末の弟がしたらしいんだ」
「え? 弟?」
「おう、3歳だとよ」
「ええ? 何それ」
「だろう? でもまあ、一応見てくれよ」
そのレオがとても真剣だったのだそうだ。それにこうしてちゃんと僕に言ってくるところを見ると、ギルマスはそのレオに多少は目を掛けているって事だろう。
「ふぅ~ん、どこからどう見ても普通のハンカチだ」
「おう、そうだろう?」
「でも3歳の子が刺繍したにしては、上手だよね」
「おい、そこかよ」
「アハハハ、とにかく見てみるよ」
「ああ、頼む」
僕が持っているスキル、精霊眼でそのハンカチを見て驚いた。
「え……信じらんない」
「どうした?」
「そのレオ?」
「ああ。レオとリアだ」
「この刺繍をした末っ子は?」
「知らねーぞ」
「ギルマス、是非会いたい!」
「てことは、ディさん」
「ああ、とってもよくできた付与だ」
効果としてなら、そう大した事はないんだ。だけど、思いだ。
これを付与した末っ子は、姉や兄の事が心配なんだ。敢えて言葉にするなら、運向上かな。いや、お守りだ。とっても効果のあるお守りなんだ。
例えば右に行くのか、左が良いのか迷ったとする。そんな時に無意識に正解の道を選ぶといった感じだろうか。そんな付与なんて聞いた事がないぞ。
大抵、付与というと魔石や武器にするのが普通だ。そしてその効果も、防御力アップや攻撃力アップといったものが多い。それが冒険者達にとっては有益だからだ。
なのにこの付与は何だ。それ以前に悪い事が、持ち主に起こらないようにと付与してある。
だからこの付与をした子は、姉や兄の事を心配しているんだと思った。
無事に帰ってきてほしい。怪我をしてほしくないってね。そんな付与をしたその末っ子に僕は興味を持った。
それから、数日後。その子達がギルドに来ていると連絡を貰った僕は、浮き立つ心を抑えながら会いに行った。
ソファーにちんまりと座っているちびっ子がいた。ペコッと頭を下げてくる。
この子があの刺繍をしたのか?
え……!? ちょっと待って。
僕は平静を装いながら、心臓がバッコバコだった。
だってその子の側に寝そべっている大きなワンちゃん。いや、ワンちゃんに見えるけど違う。
精霊眼で見なくても分かる。神獣フェンリルだ。エルフの僕でさえ、初めて見た。
僕は畏敬を感じて、少し身震いしてしまった。それを無理矢理抑え込み、和かな顔を作る。
「ろろれしゅ。こんちは~」
「アハハハ、お利口だね。ロロくんか……ピカの主だね」
ぷくぷくのほっぺをしている。まだ幼児体形で何処も彼処もぷくぷくだ。今すぐ抱っこしたい気持ちを抑えて僕は挨拶をした。
「僕はエルフだよ。ハンカチを鑑定したんだ。それで是非とも刺繍をした人に会いたくて来たんだ」
そう話し出すと、キョトンとした表情をしている。自分の事かな? みたいな。アハハハ、なんて可愛いんだ。
「僕はディディエ・サルトゥルスル。ディでいいよ、よろしくね」
「でぃしゃん?」
「そうだよ、ロロくん」
「ろろれいい」
「そうかい? じゃあ、ロロ。君の刺繍を見させてもらったんだ」
やっと落ち着いて座り、話を聞く。
「話を進める前に、ロロ。君を見てもいいかな? 君はとっても興味深い」
これがロロとの出会いだ。この時の事は今でもはっきりと覚えている。
初めてロロを精霊眼で見た時は、冷静なフリをしていたけど内心は全然冷静なんかじゃなかった。まさかと思ったんだ。
話には聞いた事がある。でも実際に主神の加護を、授かっている子を見たのは初めてだったから。その上、神獣に守られている。
この子は世界に愛されている。この子がこの世界にいる意味があるんだ。いや、きっと必要なんだ。そう思った。
でもまだ本人はちびっ子だ。だから、僕はその事を自分の心の中に仕舞った。
それから色々あって、僕は急速にロロ達と親しくなった。悲しい事件が切っ掛けだったんだけど。
「でぃしゃん!」
僕を呼びながらトコトコと走ってくるロロ。あの事件の時には、守ってあげられなくてごめんね。
僕が付いていたら、あんな目には遭わせなかったのに。
「ロロ! おはよう~!」
今日も僕はロロに会いに来た。
この子達とエルフの僕が知り合ったのも、きっと意味があるんだ。そうとしか思えなかった。
ロロ、約束を覚えているかな? ロロが大きくなったら本当にエルフの国に行こうね。
ロロがどんな顔をして驚くだろうと思うと今から楽しみだ。




