332ーご先祖さま
クリスティー先生もエルフさんだ。俺には想像できない年月を生きている。
きっとそのご先祖様の事も、懐かしく思っているのだろう。
「ソースだけではありませんよ。この食事方法をバーベキューと呼ばれたのも、その方が最初なのです。それから兵達の間で広がって、庶民から貴族へと浸透していったのでっす。この領地発祥のものは、それだけではありません。例えばガラスペンやえんぴつでっす。今は誰でも持っているメジャーな物になりましたが、それを発明されたのですよ。当時の辺境伯のご令嬢で次女の方だったのですけどね、とっても楽しい人でした」
ん? ちょっと引っ掛かっちゃったぞ。 バーベキューと名付けたって事なのか? それにガラスペンにえんぴつだって。前世ならそれは普通の物なのだけど、この世界では違う。えんぴつは俺もよく使う。レオ兄にお勉強を教えてもらう時には、いつも使っている。
リア姉はブルーの、レオ兄はラベンダー色の綺麗なガラスペンを持っている。入学する時に母様に貰った物だ。
それを発明したご令嬢だって、一体何年前に生きていた人なのだろう。
「そうですね……もう300年以上前になりますか」
「ひょぉ~!」
「マジかよ!」
クリスティー先生は最低300年生きているという事なのだ。
そのクリスティー先生を先輩と呼ぶディさんもよく似た年月を生きているのだろう。きっと300年じゃ足らないのだろうな。
「先輩……」
「ディ、クリスティー先生でっす」
「はいはい、クリスティー先生。あの時だよね? 邪神の眷属が……」
「そうですね」
えっと、あれか? ルルンデの街に伝わっている、邪神が攻めて来た時の事なのかな?
「えっちょ、おまちゅりの?」
「ロロは本当にお利口だ」
ニコニコして俺を見ながら、サラダを食べるディさん。食べる手は止めないのだ。
「おや、ロロは分かっているのですか? 今の会話だけでですか?」
「クリスティー先生、そうなんだよ。ロロだけじゃなくて、この子達はお利口なんだ」
「え、俺全然分からないぞ」
ニコ兄、少し考えたら分かるのだ。邪神とくれば、思いつくのはあのお祭りだろう?
「ニコはそのまま真っ直ぐに大きくなってほしいな」
「えー! ディさん、それどういう意味だよ!」
「アハハハ! ニコは素直で兄弟思いの良い子だって事だよ」
うまくごまかしたつもりのディさん。でもニコ兄は、納得していないみたいだよ。
「もう300年も経っちゃったんだね」
「ディ、貴方は覚えてますか?」
「もちろんだ、忘れられないよ。あそこで眷属を一人倒してくれていたから、邪神を封印できたんだ」
多分ルルンデの街のお祭りで、語り継がれている邪神の事だと思うのだけど。
「しぇんしぇい、でぃしゃん、もっとききたいのら」
「ロロ、そうですか? もう300年以上前になりまっす」
クリスティー先生が、懐かしそうな眼をしながら話してくれたのだ。
ルルンデの街に、邪神が攻めてくるまだ少し前らしい。この国の城と教会が、邪神の眷属に乗っ取られてしまった事があったのだと言う。
「あの時は確か……第3王子をこの領地で保護したのが始まりだったのでっす」
王妃から不当に虐げられていた第3王子。それに気付いたその時の辺境伯が、無理矢理城から連れ出し領地に連れて帰ってきた。
それが切っ掛けで、王と王妃の様子がおかしいと気付いた。そしてその第3王子を連れて、王都へ向かった。
クリスティー先生の協力もあって、王都全体が邪神の眷属に洗脳されそうになっている事を掴んだ。王と王妃は邪神の眷属に、弱らされ命が危なかったのだという。
そして、辺境伯一家でその眷属に立ち向かい、2度の戦いの末に眷属を倒したのだそうだ。
「ひぉー! しゅごいのら」
「そうでしょう? とても強い方達だったのでっす。力だけではなく、心も強い方達でした」
だがその事が切っ掛けで、王族の威信が揺らぐ事になってしまった。王権を譲らなければならなくなってしまったらしい。
「第3王子はこの辺境伯家のご令嬢で長女の方と婚姻し、こちらで住んでおられたのです。ですが、兄王子が王位を継がれた後に王権を譲り渡されました。それで、テンブルーム王国となったのでっす」
無駄な争いがなかった事は幸いでした。と、クリスティー先生が少し寂しそうな顔をしたのだ。
「僕達はこの国の国民じゃないからね」
「ええ、ディ。あれは仕方がなかったと思っていますよ」
「そうだね。でも国民や辺境伯家の人達には被害はなかったし」
「ええ。国を治める人や国名が変わっても、この家の人達の基本は変わりません。あの頃生きた人達の思いを継いでおられまっす」
クリスティー先生やディさんは、その時に生きた人達の事を覚えている。沢山の人を送ってきたのだろう。300年だ。一体何代の辺境伯を送ってきたのか。
「ココ様が婚姻されなかった事は心残りだったのでっす」
「そうだね。でもあの令嬢はだって……」
「ディ……」
クリスティー先生が首を横に振ったのだ。それ以上は言うなという事なのだろう。
二人共、寂しそうに見えたのだ。ディさんはサラダを食べていた手が止まっている。
「でもディ、この子達はあの時と同じ様な楽しさを感じまっす」
お、話が俺達の事になったぞ。




