300ーむじゅかしい
女神がいつも肩から掛けている羽衣の様な布。あれは何と言うのだろう?
先端にドロップの様な飾りがついていて、中心に行くほど色がピンク色に変わっている。
その上、仄かに発光しているようにも見える。この世にはない物だと俺でも分かる。
「かわいいのら。おにあいなのら」
「ぎゃふんッ!」
とうとうその場にしゃがみ込んでしまった。何が、ぎゃふんだ。「ぎゃんかわ! やられたのですぅ」なんてブツブツと言っている。本当に困った女神なのだ。
「それよりぃ」
お、もう立ち直ったぞ。何もなかった様な振りをして立ち上がった。
「みんなは強いですが、辺境伯領ですからね。しかも隣国に行くのです。ああまた時間なのですぅ! とにかく、気を付けるなのですよーぅよーぅよーぅ……」
またグダグダだ。でも気を付けろと、伝えたかったのだろう。
それは良く分かった。有難うね。
◇◇◇
次の日、朝からみんな一緒に朝ごはんを食べていた。
「ロロ、ご飯を食べたら少しお話をしようか」
「れおにい、おはなし?」
「うん、みんなで話しておきたい事があるんだ」
「わかったのら」
何だろう? レオ兄のお顔が少し緊張しているようにも見えた。
とにかく俺は食べよう。だって一番食べるのが遅いのだから。
みんなが朝食を終えて、マリーがお茶を出していた。俺には果実水だ。
「もう少ししたらディさんが来ると思うんだ」
ディさんを待っているのか? じゃあ辺境伯領へ行くお話しなのかな? それならちょっとワクワクするのだけど、レオ兄のお顔を見るとどうやらそうではないらしい。
一体何のお話しなのだろう? また俺だけ知らないのかな? と、思って隣に座っているニコ兄を見る。
「なんだ? ロロ」
「にこにいはしってるのら?」
「いや、俺も知らないぞ」
そうなのか。その頃にいつも通り綺麗なディさんがやって来た。いつもより早い時間なのだ。
「おはよー」
「ディさん、待ってました」
「そう? 早く来たんだけど」
「まあまあ、お茶どうぞ~」
と、いつもの感じでマリーがお茶を出す。マリーとユーリアがキッチンの方にある丸椅子に座る。
エルザはいつも通り『うまいルルンデ』に出掛けて行った。
エルザは一緒に行けるのかな? お休みをもらうと言っていたけど。
「じゃあ、始めようか」
「はい、ディさん。ピカ」
「わふん」
え? ピカさんなのか? ピカ、何かしたのか?
「出してくれるかな?」
「わふ」
ピカがコロンと出した、それは魔法杖だった。
ディさんが使っている様な長い魔法杖だ。杖に使われている木が、程よく使い熟されていて持ち手の部分には藍色に染めた皮が巻いてある。杖の先端は丸くなっていてオーブを囲う様な形になっている。オーブは光を失いくすんだラベンダー色をしていた。
本当はもっとキラキラしていたのではないだろうか? 問題はそのオーブだ。
オーブを真っ二つに割るかの様な、大きな罅が入っていた。
マリーが話していたのを覚えている。だからこの魔法杖の持ち主は……。
「これは母上が使っていた杖なんだよ」
「俺、覚えているぞ。でももっとキラキラしていなかったっけ?」
「そうだね、その通りだ」
やっぱそうなのだ。本当はあのオーブがもっとキラキラしていたのだ。
俺の目には役目を終えて、輝きを失っている様に見える。魔法杖はディさんのしか知らないけど、オーブはあんな風に輝きを失うものなのだろうか?
ディさんがその杖を持って暫くジッと見ていた。勿論瞳が光っている。精霊眼で見ているのだ。そしてディさんは真剣な目で俺達を順に見た。
「僕が説明するよ」
と、ディさんが言った。
魔法杖の心臓部ともいえるオーブ。それに罅が入ったりする事は、普通では有り得ないないらしい。
「考えられる可能性は、オーブの能力以上に酷使した事だ」
酷使するとはどういう事なのだろう?
「魔法をそれだけ過度に使ったりすると、罅が入ってしまう事がある。だけどエルフの僕でも、オーブに罅が入ったなんて事をあまり聞いた事がない」
魔法杖のオーブは特別なのだそうだ。物理的な力では到底割ったりできない。もちろん罅だってそうだ。それに罅が入るという事は、それだけ魔法を使ったという事らしい。
「偶々、ロロが言い出した事で僕が知ったんだ。君達のご両親は森の近くを馬車で走っている時に、魔獣に襲われて馬車が横転した事故で亡くなったと言っていたよね?」
え、そうなのか? 俺はそんな事も知らない。いつそんな話をしていたのだ? 父様と母様は事故だったのか。
「はい、そう聞いています。そうだよね、マリー」
「はい。確かにそうです。衛兵の方が来られて、馬車が横転していたのが見つかったと聞きました。あと少しでレーヴェント領だったと」
「だけどそれじゃあ、オーブに罅が入っていた事の説明にならないんだ。馬車の横転なんかでは絶対に罅は入らない。その時にオーブの限界を超える様な、魔法を使ったんだ」
限界を超える魔法なんて……俺は回らない頭を必死で動かして理解しようとする。
こんな時、3歳児は不便なのだ。もっとちゃんと理解したいのに、頭が回らない。
「わふん」
「ぴか、らいじょぶなのら」
ピカとチロが心配している。俺がずっと腕を組んで、難しいお顔をしているからだ。




