262ー僕達の事 4(レオ視点)
「リア、レオ、この王国に『オードラン』という貴族はいないんだ」
「え?」
「どういう事ですか? 母は平民だったって事ですか?」
いや、そんなはずはない。確かに母上の実家の方が家格は上だったと聞いた。
王弟殿下が静かに息を吐き、少し間を置いて話し出された。さっきより神妙な面持ちで。
僕と姉上は少し緊張した。折角未来が見えて来たと思ったのに、何か悪い事でも言われるのかと身構えたんだ。
「落ち着いて聞くんだよ。この国には確かにオードランという貴族はいない。だけど、私がオードランと聞いて真っ先に思い浮かべる貴族がいる。それはね、隣国の侯爵家だ」
「隣国の侯爵家ですか!?」
「ああ、そうだよ。私も会った事がある。辺境伯領を訪れた時に来られていて、挨拶をした事がある。レオと同じ髪色をした奥方と一緒だった」
驚いた。確かに家格が上なのだろうけど、国が違うなんて思いもしなかった。
隣りにいる姉上を見ると、同じ様に僕を見ていた。
二人で思わず顔を見合わせてしまったんだ。手に少し汗がにじんできた。変な汗だ。
「由緒正しい家柄だ。確か皇太子の、婚約者候補に名が上がった令嬢もいたはずだ。辺境伯とは領地が隣という事があって、国は違うが交流があるらしい。それに、隣国とは友好関係にあるからね。何代か前には隣国の皇族と婚姻していた事もある。だから誰もそれを咎めたりはしない。だが、婚姻となると話は別だ。難しい事だっただろうと思うよ」
辺境伯様……そう言えば、父によく聞いていた話がある。
「確か父は幼い頃から、前辺境伯様に弟子入りしていた事があると聞いています。ねえ、姉上」
「ええ。私が父から譲り受けた剣は、前辺境伯様から父が譲り受けた物です」
「ああ、前辺境伯は剣の達人だったからね。君達の父親とも交流があったんだね」
辺境伯領は父が治めていたレーヴェント領の向こう側だ。父は幼い頃からお世話になったと聞いた事がある。
レーヴェント領にも全く魔物が出ないという訳ではない。お隣の辺境伯様に、度々討伐してもらった事があるらしい。それで、父は前辺境伯様に師事していた。
今の辺境伯様とは師弟兄弟だと聞いた。
「あの爺さんはまだ元気なのに、さっさと息子に爵位を譲って自分は魔物退治に領地を走り回っていると聞くよ。アハハハ、元気な爺さんだよ」
そんな人に弟子入りしていたのか。僕達は全然知らない。両親の事を何も知らなかったんだと思った。
今は辺境伯領を父と同じ年位の方が治めている。前辺境伯様はそのお父上だ。
前辺境伯様は剣に秀でていて若い頃は『鬼剣士』とまで言われた人なのだそうだ。
王弟殿下がさっき仰っていたように、今でも元気に魔獣を狩っている。
そのお陰なのかどうかは知らないが、辺境の地といってもとても平和だ。
気候も安定していて温かい。広大な麦畑があるし、作物がよく育つんだ。
ルルンデの街も畑が多い。だが、麦は作られていない。森がある事と王都に近い分、麦を作る程の広い農地はない。辺境伯領の麦の生産量は、国の消費量の半分を担っている穀倉地帯という訳だ。
広大な土地に安定した気候の豊かな領地だ。だが、ルルンデの街同様に森がある。
その森には魔獣が生息している。街道にも近い事があって、辺境伯領では領主隊という組織があり日々討伐に取り組んでいると聞いた。
その領主隊を率いて、魔獣の討伐をしているのが前辺境伯様だ。正確にいうと前辺境伯兄弟だ。
「本当に元気な爺さん兄弟なんだよ。私は何歳になっても子供扱いをされる。アハハハ」
と、王弟殿下の表情と言葉から、信頼されているのが伝わってくる。
父はその前辺境伯様に弟子入りしていた時期があった。僕達はそう聞いている。
なら、多分そこで母と出会ったのだろう。それにしても、隣国の侯爵令嬢だったとは。
僕や姉上は驚いて言葉が出なかった。
「やだ、もしかして大恋愛とかなのかしら?」
「姉上、どうして嫌なんだよ」
「え? だって自分の両親が大恋愛の末に無理矢理婚姻なんて、なんだか聞いているのが恥ずかしくなるじゃない」
「何もそうと決まった訳じゃないし」
「そう? そうよね」
そこは拘るところじゃないだろうに。
「殿下、その……母はオードラン侯爵令嬢だったという事ですか?」
「多分、そうだろうね」
なら母の実家は、僕達がこうなっている事も知らないのだろう。
隣国なんだ。誰かがそこまで知らせるとは思えない。そんな人はいない。それに、隣国の一貴族の事情なんて噂にもならないだろう。仕方がないと思った。
今日は大変な事を聞いた。ニコとロロには何て話せば良いのだろう。
「レオ坊ちゃま、それもゆっくりと考えられたら宜しいかと」
「マリー、そうかな?」
「はい」
そうだな、急ぐ事はないか。
なんだか、複雑だ。そう思ってまた姉上を見た。
「レオ、なぁに?」
「いや、なんだか複雑だなと思ってさ」
「そうね、まさかお母様が隣国の侯爵令嬢だったなんてね」
「ああ」
「お父様ったら何しているのかしら」
いや、そこじゃない。姉上はそこに拘るんだ。ああ、あれかな? 自分の婚約者にされた態度を思い出しちゃったのかな?
「レオ、違うわよ。あんなのとお父様を一緒にしないで」
「アハハハ、ごめん。そうだね」




