252ールルウィン祭 夜の部 6
暗闇に不気味に鈍く光る、大きな丸い幾つもの紋様。魔獣ってあんな事もできるのか?
「普通の魔獣にあんな能力は無い」
と、ディさんが言った。なら、あれは何なのだ? とにかくレオ兄とドルフ爺だ。
「れおにい! どるふじい! はやく!」
重いクーちゃんを荷台に乗せて、ドルフ爺が引っ張っている。
街道や普通の道だったらもっと早く進めるのに、川辺の砂利でなかなか進めない。ドルフ爺が必死で荷車を引いて走って来る。
闇夜に浮かぶ禍々しい幾つもの魔法陣。そこから額の真ん中に大小2本の角と、短剣の様に鋭い大きな牙をもつ狼のような魔獣が現れた。
俺は狼の魔獣がどの位の大きさなのか、近くで見た事もないしよく知らない。
それでも大きいと分かる。ピカだって俺を軽々乗せて走る位には大きいのに、そのピカよりずっと大きい。
そんな魔獣が何頭も川のこちら側に、魔法陣を通って次から次へと出現したんだ。
「魔法陣って、どういう事だよ!?」
ヤバイ、ヤバイのだ。レオ兄とドルフ爺の直ぐ後ろに魔獣が迫っている。
沢山の、血の様な真っ赤な眼が暗闇に不気味に鈍く光っている。
真っ黒な大きな体を弓の様に撓らせて走って来る。あれは、何なのだ!?
「ブラックウルフだ」
「ぶ、ぶりゃっくうるふ?」
「そう、あの真っ黒な体毛からそう呼ばれているんだ。ウルフ種の魔獣の中でも最強の部類に入る」
なんだって!? そんなの、どうするのだ!?
ドルフ爺とレオ兄が必死で走っているけど、あっという間に追いつかれてしまう。
「レオ!」
そう叫びながら剣を持ち、走り出したリア姉。
「リア姉!」
「ニコ! 出たら駄目だ!」
ニコ兄がリア姉を追って走り出そうとした時に、ディさんが身体ごと抱き止めた。
「だってディさん! リア姉とレオ兄が! ドルフ爺が!」
「大丈夫、リアは強い。ブラックウルフには負けない」
そうかも知れないけど。でも、数が多い。
その時ピカが前に出て、大きく吠えた。
「わおぉぉぉーーーーんッ!!」
すると、勢いよく走って来ていたブラックウルフが怯んだんだ。ドサッと倒れているブラックウルフもいる。
ピカの威圧なのか魔法なのかよく分からないけど、とにかく少しは時間が稼げた。
そして、チロも俺のポシェットから顔を出した。
「キュルン!」
レオ兄やリア姉、ドルフ爺を守ってくれたのだろう。と、言ってもチロのは防御力をアップする感じだと思うのだ。だからクーちゃんのシールドが必要だ。
俺はレオ兄とドルフ爺から目が離せなかった。
こっちを見て必死で走って来る。でも直ぐ後ろに魔獣は迫る。
それに向かってリア姉が、ピカに乗って疾走していた。しかもかっちょいい。ポニーテールの髪を靡かせて、片手にロングソードを持ちピカに乗っている。
月の光に反射して、リア姉のロングソードが青白く光って見える。
いつの間に乗っていたのだ? ピカさん、いつ走って行ったのだ? 俺は全然気付かなかったぞ。
「レオ! 後ろよ!」
「ああ! ドルフ爺はそのまま走って!」
「おう!」
「クーちゃん、そのままドルフ爺と自分にシールドだ!」
ディさんが叫んだ。
「分かったわよーぅ!」
なんだか肩透かしなお返事だけど。そうだ、逃げながらシールドを張れば良いのだ。
その間にもブラックウルフは、襲い掛かろうとする。
ああ、危ない。間に合わない! 突進してくるブラックウルフが飛び掛かった時だ。
クーちゃんの身体が、ペカーッと光ったように見えた。すると、飛び掛かって来たブラックウルフが、ギャンッと変な声を上げながら跳ね返っていた。クーちゃんのシールドだ。
その時、俺の直ぐ側で風を切る音がしたと思ったら、ドルフ爺とレオ兄に襲い掛かろうとしていたブラックウルフに何かがヒットして吹き飛ばされている。
ディさんが、いつの間にか手に大きな弓を持っていた。
風に靡くディさんのエメラルドグリーンの長い髪、弓を持っている立ち姿、それらが幻想的でこの世の者とは思えない。
俺が見た事のないディさんだった。まるで英雄が、ここに蘇ったかの様に思えたのだ。
ディさんが持つ見事な意匠の大きな弓、そこに番えているのは前に見せてもらった魔法の矢だ。キラキラとエメラルドグリーンに光る矢。
それがブラックウルフの額に、吸い込まれるように突き刺さった。
しかも同時に何本もの矢を射っていたらしくて、ブラックウルフが数頭倒れていた。
「でぃしゃん!」
「ロロはこれ以上前に出たら駄目だよ」
「うん、わかったのら!」
ディさんは次々と魔法陣から出て来るブラックウルフに矢を射っていく。
ドルフ爺がこっちに走って来る。
レオ兄が、槍でブラックウルフを突き刺す。
リア姉が、首元を狙って剣を振る。
ピカが風の刃を放って倒す。
俺達がいるテントの前には、偶々居合わせた冒険者や、クリスさんやフィーネとマティ、それにギルマスも大きな剣を持ってブラックウルフに向かって行く。
「ここで全部倒しておかないと、街に被害が出る! 気合をいれろよぉッ!」
ギルマスが大きな声で、冒険者達に檄を飛ばすと彼方此方から、おおーッ! と答える声が聞こえる。
ギルマスの剣を見るのは初めてだ。ギルマスだって身体は大きい。俺なんて見上げてもちゃんとお顔が見えない位に背が高い。その身長と同じ位の大きさの大剣を軽々と振っていた。
これならこっちは大丈夫だ。上流に行ったウィルさんの方が心配になって来た時だ。
「ギルマス! 怪我人がいるんだ!」
と、ウィルさんの大きな声が聞こえた。
ウィルさんが、先頭でブラックウルフを蹴散らしながら走って来る。
その後を、怪我人を担いでいる護衛の人達が走る。




