193ー雨
今日も良いお天気だ。ちょっと暑くなって来たけど、湿気がないから過ごし易い。
蝉とかいるのかなぁ? 梅雨はないだろうな。だって日本とは湿度が全然違うから。
と、思っていたら突然の大雨なのだ。
ザザーッとお野菜の葉っぱを打ち付ける強い雨が降ってきた。ディさんと、家に戻った直後だったのだ。
急にお空がゴロゴロし出して、暗くなって来たと思ったら降ってきたのだ。
バケツをひっくり返したような雨。でも、大きな雨粒ではないのだ。細い蜘蛛の糸の様な雨が、あっという間に地面に水溜りを作っていく。
一瞬の内に、まるで水のヴェールが掛かっている様な景色に変わる。
この世界のスコールなのだ。
「わあー」
「危機一髪だったね」
「直ぐに止みますよ」
そうなのだ。細い雨がザザーッと降って、直ぐに止む。そして、その後はカラッと晴れるのだ。
1日に1度くらい、そんな雨が降る。それがこの季節なのだ。
梅雨ではないけど、そんな雨が約1カ月続く。その後、夏本番なのだ。
俺は家の軒下で雨宿りをしながら、雨を眺めていた。
雨の音、雫、そして匂い。全部日本と同じなのだけど、ここは日本ではない。
この世界で、一番古い俺の記憶も雨の日だった。
上空から見たあのお邸で、レオ兄に抱っこされながら泣いていた。それが最初の記憶なのだ。
「わふん」
「なんれもないのら」
ピカが、どうしたんだ? と、聞いてくる。ちょっとだけ、あの魔道具にあった映像の母様や父様を思い出しただけなのだ。
とても優しい眼差しで、俺を大事そうに抱っこしていた母様。きっと前世の母も、そうやって育ててくれたのだろう。大人になって、縁遠くなってしまったけど。
「ロロ坊ちゃま、暫く止みませんよ。お茶にしましょう」
「うん、まりー」
ヨイショと立ち上がって、トコトコと家の中に入る。
そしたら、ディさんがお野菜を食べていた。キッチンで立ったままなのだ。
これは、つまみ食いというやつなのではないか? だって、ディさん。ギクッとした顔をしているのだ。
俺は立ったまま、お野菜を手に持っているディさんをジッと見る。
「だって、ニコのお野菜が僕を呼ぶんだ!」
意味が分からないのだ。
「でぃしゃん、べちゅにいいのら」
「え? いいの?」
「うん、たくしゃんあるし。でぃしゃんが、しゅきなのしってるから」
「ロロ! なんていい子なんだ!」
そう言って、手にお野菜を持ったまま抱き着いてきた。
なんだか、リア姉に似ているのだ。
「そうそう、卵はどうしているの?」
「おいしくたべてるのら」
「アハハハ! 違うよ、ロロ」
ディさんが言っていたのは、お墓参りから帰ってきたら温めると、コッコちゃんに約束していた卵の事なのだ。
レオ兄と俺とで温める。そしたら、ハイパーな雛が産まれてフォーちゃんリーちゃんコーちゃんを統率してくれるのではないかと、コッコちゃん達は期待しているのだ。
「あ、わしゅれてたのら」
「そうだと思ったよ」
「クックックッ」
「コケッ」
あ、コッコちゃん達がみんな家の中にいるのだ。雨だからだね。
忘れてると思った。忘却の彼方だ。と、言われちゃった。また難しい事を言っているコッコちゃんがいるのだ。
それって、ディさんが温めたらどうなるのだろう?
「え? 僕?」
「しょう。でぃしゃんも魔力量が多いし」
超ハイパーな雛が産まれるのかな?
「アハハハ! どうだろう? 僕は魔力を調節するのは得意だからね。そんな事にはならないよ」
「なんらー」
試して欲しいのだ。エルフのディさんが温めた卵。どんな雛が孵るか楽しみなのだ。
「んー、残念ながら僕は何かを残す様な事は、あまりしないと決めているんだ」
「のこしゅ?」
「そう」
ディさんはエルフ族なのだ。それも、ハイエルフだそうだ。この国で生きている人とは何もかもが違う。魔力だけでなく、身体能力も何もかもなのだそうだ。
そんなディさんだから、軽く何かを作ったとしてもこの世界では特殊な物になり兼ねない。
だから、ディさんの影響を受けた何かを、極力この国に残さないようにしているのだそうだ。
「僕が国に帰った後に、争いの種になったりしたら嫌じゃない? だからだよ」
「なるほろ~」
色々と考えているのだね。と、いうか長い年月生きてきた中で、そんな事もあったのかも知れない。ディさんの経験値は想像ができないのだから。
「ロロ、だからね」
ディさんが俺達兄弟にくれたアミュレット。あの事なのだ。
「秘密だよ」
「ひみちゅ」
人差し指をぷにっと唇にくっつけて、約束なのだ。
ふふふ、なんだか特別みたいで嬉しい。
「れおにいがかえってきたら、たまごもひみちゅもいっとくのら」
「うん、卵は楽しみだからね」
なんだよ、楽しみなのか。という俺も楽しみなのだ。どんな雛が孵るのかな?
「ぐふふ」
「ロロも楽しみなの?」
「うん、たのしみなのら」
そんな話をしていたら、もう雨が止んできた。雲間から光が射してきたのだ。雨に濡れた葉っぱが、キラキラ光っている。
庭先に出てみて、びっくりしたのだ。
「くーちゃん!」
「あらあら、どうしました?」
マリーとディさんも出て来たのだ。




