187ーおやつ
「まあまあ、こんなに大きくなって……」
マリーは泣き笑いなのだ。嬉しそうな笑顔なのに、涙を流している。
母様は昔から色んな動物を拾って来たと話していた。その中に雛の頃のロック鳥もいたのだろう。まさかロック鳥の雛だとは思わずに保護したのかも知れない。
『あの頃は、まだそんなに念話が使えなくてマリーとは話せなかったの。クロエにしか伝わらなかったわ』
「はい、はい。奥様がそう仰ってました!」
ロック鳥がマリーに向かって首を曲げる。マリーがその首筋を懐かしそうに撫でている。怖かった事なんて、忘れているのだろう。
『クロエは一緒じゃないの? お邸にいるのかしら? 雛を見せるって約束したのよ。孵ったら直ぐに見てもらおうと思って、だから近くに巣を作ったの。懐かしいわ~。元気かしら?』
マリーがポロポロと涙を流しながら、ロック鳥の奥さんに話して聞かせた。
「奥様は……亡くなられたんですよ」
『……』
ロック鳥の表情は変わらない。だって鳥さんなのだから。それでもマリーの言葉を聞いて、愕然としているように思えた。俺にはそう見えたのだ。
「覚えていませんか? 奥様の子供のリア様とレオ様、ニコ様です。あの時赤ちゃんだったのが、ロロ様ですよ。奥様によく似ておられるでしょう?」
『そんな……嘘よ! クロエが!?』
俺が生まれて、まだ間もない頃の事だったらしい。
ロック鳥の奥さんが雛の頃、ちょっと冒険のつもりで巣を出て飛んでいた。
飛ぶといっても今程高くは飛べない。地面近くをヒョロヒョロと浮かぶという表現の方が合っているかもしれない。
そこを獣に襲われた。必死で逃げて、それでも翼を引っ掻かれて怪我をした。
もう駄目かも知れないと倒れていたところを、偶然通りかかった母様に保護されたそうだ。
後になって母様から、あの時声が聞こえた気がしたと言われたらしい。やっぱ母様はテイマーのスキルを持っていたとしか思えない。
それから怪我が治ってしっかり飛べるようになるまで、世話になったのだそうだ。
母様は献身的に介抱した。母様の撫でてくれた手が、温かかったのを覚えているとロック鳥は話してくれた。
「そう言えば、覚えているわ」
「そうだね、母上だけ話せるんだと言っていたあの雛だったんだ」
「俺、あんま覚えてないぞ」
「ふふふ、ニコはまだ小さかったし、ロロは赤ちゃんだったわ」
『だって……だって雛に会ってくれるって約束したのよ!』
マリーがまるで子供をなだめるかのように、大きなロック鳥を撫でている。
「突然の事だったのですよ」
『そんなぁー! クロエが! クロエはまた会いましょうって、笑って送り出してくれたのよ! えぇーん!』
ロック鳥が泣いている。『鳴く』ではなくて『泣く』だ。ポロポロと涙を流しているのだ。
まさかこんな事があるなんて。俺は駄目だ。折角引っ込んんだ涙が、また出てくるのだ。
『クロエ! クロエー! だって私はクロエに命を助けてもらったのよ! あなたが先に逝ってどうするのよー!』
『そんなに泣くんじゃねーよ。俺まで泣いてしまうじゃねーか』
ロック鳥が奥さんに寄り添っている。頭を擦り付け、慰めているつもりなのだろう。
ロック鳥の雛達まで、母鳥が泣いているのを見てオドオドしながら足元に擦り寄っている。
それでも、ロック鳥の奥さんは暫く泣いた。ずっと涙を流しながら、まるで人の様にエーンエーンと泣いたんだ。大きな体を震わせながら一頻り泣いた。
母様と父様の墓地の前で、こんな事があるのか。母様が巡り合わせてくれたのか?
『お墓参りって、クロエのお墓参りだったのね』
「奥様だけじゃありません。旦那様もです」
『そんな……じゃあ今はどうしているの!?』
「私達と一緒にルルンデの街で生活しています。大丈夫ですよ、皆さん元気です」
『そう、そうなのね。マリーが付いてくれているのね』
泣いたらお腹が空かないか? 俺はちょっぴり小腹が空いたのだ。お喉も乾いた。
だから、雰囲気をぶち壊して本当に申し訳ないんだけど。
「まりー、おのどかわいたのら」
「あらあら。ジュースを飲みますか?」
「うん」
「もう、ロロったら」
「アハハハ」
「マリー、俺も」
だってお喉が渇いたのだ。そうだ、フルーツケーキを食べないかな? マリーの焼いたフルーツケーキは美味しいのだ。
「ふるーちゅけーき、たべる?」
『まあ、懐かしいわ。マリーが焼いたの?』
「はい、そうですよ」
『マリーは大雑把だからと言われていたわね。ふふふ』
おやおや、そんな頃からマリーは大雑把だったのか。
フルーツケーキをロック鳥の奥さんの前に、ハイと出す。ロック鳥の体の大きさに比べたら、とっても小さいけど。味は分かるのかな?
『ありがとう、ロロだったわね』
「しょうなのら」
『大きくなったわね』
そう言いながら、大きな頭を擦りつけてくる。ほっぺの羽がフワフワで、ちょっぴりくすぐったい。
俺はまだ赤ちゃんだった。いつも母様に抱かれていたのだそうだ。
小さくて赤ちゃんの匂いがして、よく一緒にお昼寝をしていたとロック鳥の奥さんが教えてくれた。
「しょっか。ふふふん」
「ロロ、なんでそこで自慢気なんだ?」
「らって、れおにい。一緒にお昼寝したのら」
「ふふふ、そうね。ロロのベッドに、いつの間にか入っていた事があったわね」
もう仲良しなのら。親友と言っても良いのではないか?




