185ー覚えてない
「姉上、掃除もするよね?」
「勿論よ」
「じゃあ僕は水を汲んで持って行くよ」
「お願いね」
「レオ兄、俺も行く」
レオ兄とニコ兄が、入り口の側に作られた水場へと向かう。俺達は真っ直ぐ奥へと歩いて行く。
墓地といっても、明るくて綺麗だ。緑が多い。芝生の様な緑の地面に、白っぽい墓石が映える。
周りには木が等間隔に植えてあり、その間には花壇がある。小さな色とりどりの花が、柔らかい日差しを浴びて気持ち良さそうだ。ちゃんと整備されているのだ。
入口付近に水場が作られていて、レオ兄とニコ兄がそこで水を汲んでいる。おや、ちびっ子戦隊がレオ兄とニコ兄のそばに集まっている。ああ、お水が欲しいのだね。
俺は黙ってマリーと一緒に歩く。俺のすぐ横にはピカだ。
「いいお天気れよかったのら」
「そうですね」
「わふ」
そんな墓地の一番奥に、領主だった両親の墓がある。
父方の祖父母のお墓もあるらしい。両親の事さえ覚えていない俺は、祖父母はもっと覚えていない。俺が産まれる前に亡くなったらしいから当然だ。
この世界の、両親のお墓に来たかったのだ。何も覚えていないから……せめて本当に生きていたのだという証拠を、見たかったのかも知れない。
前世でも、親とは疎遠だったからなのかも知れない。
この世界ではどうだったのかを、知りたかったのかも知れない。
自分でもよく分からない。
でも兄弟や、マリー達には可愛がってもらっている。ピカとチロもいる。コッコちゃん達やちびっ子戦隊、クーちゃんだっている。
最近では、ディさんやドルフ爺だっていつも一緒だ。
だから寂しくてそう思ったのではないのだ……多分。
1番奥に並んでいる、墓石の前でリア姉が立ち止まった。
「お父様、お母様……来ましたよ。やっと来る事ができました」
「ロロ坊ちゃま」
リア姉が墓石に向かって静かに話しかけている。父と母の墓石が並んでいる。
マリーが俺の背中をそっと押した。
ゆっくりと、俺はリア姉の隣りに立った。
「ロロもいます。みんなで来たんです」
リア姉が跪いて、横にいる俺の肩を抱いた。
「りあねえ……」
「ロロ、お父様とお母様よ」
「うん……とーしゃま、かーしゃま……」
「大きくなったでしょう? もう3歳なのよ。毎日元気に暮らしているわ。だから、安心してね」
「ろろれしゅ。ボク……おぼえてなくて……ごめんなしゃいぃ」
「ロロ……」
「ロロ坊ちゃま」
どうしてだか、涙が溢れてきたのだ。我慢できずにポロリと流れてしまったのだ。
リア姉が抱きしめてくれる。
「大丈夫よ……みんないるわ」
そう言いながら背中を撫でてくれる。それでも涙が止まらなかった。
「う……うぇ……」
「ロロ!」
「どうした?」
後からやって来た、レオ兄とニコ兄も驚いている。
「れおにい……にこにい……ボク」
「ロロ、泣いてしまったか……」
「れおにい……ボク、おぼえてないのら。とーしゃま、かーしゃまがいないのらぁ……グシュ」
「2人共見守ってくれているよ」
「そうだぜ、ロロ。俺達がいるだろ」
「れおにい……にこにい……グスン」
ああ、3歳の俺はなんて弱いのだ。中身の俺は、もう社会人だった。立派な大人なのだ。リア姉やレオ兄よりも年上だ。
なのに、どうした? どうしてこんなに寂しいのだ? どうして少しも覚えてないのだ?
「ボクらけおぼえてない……ぐしゅ……」
「小さかったのだから仕方ないんだよ」
ポロポロと流れる俺の涙を、レオ兄が拭ってくれる。
「ロロの分も覚えてるぜ。父様と母様はいつもロロを抱いて、優しく微笑んでたぞ」
「にこにい……」
「ロロが元気にやってるよって、見せよう」
「うん……れおにい」
俺のこの世界での最初の記憶も泣いていた。両親が亡くなって、ただ泣いていたのだ。
よくある転生物語の様に、何かを一生懸命考えたり転生した事に驚いたり、何かをやりたいと思う事はなかった。
気付いたら、ただ泣いていた俺がいたのだ。
まだ2歳の何もできない俺が、レオ兄に抱っこされながら泣いていた。
泣く事で前世の俺と、今の俺に折り合いをつけていたのかも知れない。
思い返せば、俺は泣いてばかりなのだ。今も泣きじゃくっているし。夜泣きをして心配かけるし。今の環境に慣れるまで、俺はよく泣いていたのだ。
「ゔ……ゔぅ……もうなかない……ヒック」
「ロロ……」
「もう……もう、なかないのら……えぇ〜ん」
いや、また泣いている。
「ロロー!」
ニコ兄が俺に抱きついてきた。涙をボロボロ流している。ニコ兄もやっぱ、まだまだちびっ子なのだ。
ニコ兄は覚えている分だけ、両親が恋しいと思う気持ちも強いのだろう。それが溢れ出したように、涙を流している。ニコ兄が泣くのなんて、とっても珍しい。
いつも俺の世話を焼いてくれて、元気に畑へ出掛けて行くニコ兄しか知らないのだ。
「にこにい……ヒック……なかないのら」
「うん……うん……ロロ!」
「ほら、みんなでお掃除しよう。また次は、いつ来られるか分からないから綺麗にしておこう」
「うん……れおにい」
「おう」
それからみんなでお掃除をした。俺も小さな手で、一所懸命拭いたりした。
マリーの息子さん夫婦や、祖父母のお墓もだ。
どのお墓も、ピカピカにしてお花を供えたのだ。
フワリと柔らかい風が、吹き抜けていった。キラキラしていた気がしたのだ。
俺は覚えていないけど、両親が励ましてくれているような気がしたのだ。
「わふぅ」
「らいじょぶら」
ピカにも心配を掛けてしまった。
「さあさあ、あっちでお茶にしましょう」
マリーが態と明るい声で言った。




