173ー原因
「これは大変だわ。塩が作れないじゃない」
「領主は一体何をしているんだ」
元は自分達の両親が治めていたのだ。将来は自分達が継ぐと思っていた領地だ。自分達ならこんなになるまで放っておかないのに、と思う気持ちもあるのだろう。
『そこが川だぞ』
ロック鳥がずっと低空飛行をしてくれている。フューシャン湖から流れ出ている川が2本ある。
その川とフューシャン湖との境目が異様な色になっていた。
薄い紫の様な、グレーの様な色だ。それが、川の手前に広がっている。
「あの色は何が原因なのだろう?」
『なんだ、知らねーのか?』
意外にも、ロック鳥は分かっているらしいぞ。
『あれはスライムが集まってあの色になってるんだ』
「スライムなのか!?」
「でも、スライムは普段からいるじゃない。スライムがフューシャン湖の塩分を吸収して除去しているから、川の水に塩分が含まれないのでしょう!?」
『そうなのか? そんな細かい事は知らねーけど、いつもはあんな色じゃねーんだよ。淡い紫とピンクのグラデーションになってるんだ。それが今はグレーっぽく見えるだろ? あれは、スライムが沢山集まっているからあんな色になってるんだ。ま、スライムなんて腹の足しにもなんねーんだけどな! ガハハハ!』
ほうほう、よく知っているじゃないか。ロック鳥さん、本当に知性が高いのだ。
要するに、スライムの異常増殖だ。
フューシャン湖は塩湖だ。その水源は地下水なのらしい。塩分を含んだ塩水が湧き出ているのだ。
その塩分を、フューシャン湖が川に流れ出している付近に生息しているスライムが、いつもは除去している。
だが、今年は何が影響したのか分からないが、スライムが異常に増殖してしまった。それが原因で、川に流れ出している部分が詰まり出したのだ。
フューシャン湖自体の水量はいつも通り増える。だが、フューシャン湖から流れ出す事ができない。その上、いつもより多くのスライムが塩分をどんどん吸収する。それで、フューシャン湖の水位が上がって塩分濃度が低くなったのだ。
「有難う、よく分かったよ」
『おう! 態々見る必要もねー事だったな。俺様に話してくれたら教えてやったんだ』
いやいや、そんな事をしたら俺の野望が叶わなかったじゃないか。
「戻ろう。原因が分かったから後は僕達で何とかするよ」
『おう! いいのか!?』
「うん、大丈夫だ」
レオ兄が大丈夫と言った。なら、大丈夫なのだ。
俺はスライムをどうするのかなんて分からないのだけども。
「ねえ、隣街までって遠いかしら?」
『何言ってんだ。俺様ならひとっ飛びだ。あっという間だぜッ!』
「姉上」
「いいじゃない、こんな機会はないわ。ねえ、隣街まで飛んでくれない?」
『おう! 任せとけ!』
ロック鳥がブワンと翼を大きく動かして高度を上げた。そして翼を広げたまんまで滑るように、まるで風に乗るように悠々と空を飛んで行く。
正面から陽の光が当たって眩しい。世界が輝いているように見える。
「しゅごいのら!」
「スゲーッ!」
ニコ兄と2人で、テンション爆上がりだ。だけど、リア姉とレオ兄は違ったのだ。
静かに前を見ている。俺は、レオ兄の懐にいるから表情が見えない。でも、少し緊張している様に感じたのだ。
肌からピリピリとしたものが、伝わってくる。
「れおにい?」
「うん、見てごらん。もう僕達が住んでいた隣街が見えるよ」
ああ、そうなのか。リア姉が言った隣街とは、両親が生きていた頃に住んでいた街なのだ。
ロック鳥は大きく何度か羽搏いただけだ。なのに、もう隣街の上空まで来たのだ。
「ほら、ロロ。あそこだよ。父上と母上の邸だ。ロロが生まれた家だ」
レオ兄に言われて見る。フューシャの街よりずっと大きな街だった。
ちゃんと区画整理されている真っ直ぐに伸びる道路。半放射状に街ができている。その1番奥の少し高台になっている半放射状の中心にお邸があった。
そっか、俺が生まれた家なのだ。
「ねえ、ここで少しだけ旋回して欲しいわ」
『お? 構わねーぞ』
「あんまり高度を下げて騒ぎになったらいけないから、このままでお願い」
『おう』
白っぽい煉瓦の様な物で建てられているのか? 真っ白ではなく、淡い白。お屋根は茶色だ。庭があって、四阿なのか? 小さな屋根が見えた。
よく見ると、街も同じ色の家が多い。綺麗な街だ。
ここが、父様と母様が守ってきた街なのた。
「良かった、変わってないみたいね」
「庭の手入れはされているようだね」
「庭師のおじさんが残ってくれていたもの」
「母様の好きな花もまだあるぞ! あの色はそうだ!」
こんな上空からでも分かるのか? 俺は全然覚えていないのだ。いや、あの窓を雨が打ち付けていた事を覚えている。
「有難う! もういいわ、戻りましょう!」
『いいのか?』
「ああ、いいよ」
ロック鳥がゆっくりと旋回し、巣のある岩場へと戻って行く。
あまり羽搏かないのだ。それでも一気に風にのって、悠然と大空を飛ぶロック鳥。ああ、もう終わりなのだ。
楽しかった。風の強いのが難点だったけど、こんな体験はきっともう2度とできないぞ。
俺達が住んでいたお邸を、見る事もできた。リア姉とレオ兄は、どう思ったのだろう? 変わってないと話していたから、安心したのかも知れない。
でも、リア姉とレオ兄は帰りはあまり喋らなかった。




