160ーフューシャン湖
この街にリア姉やレオ兄は、何度も両親と一緒に来ている。レオ兄が成人するまでの少しの間だけ、リア姉が父の手伝いをするつもりだったと話していた。
あの叔父にも、自分が継ぐとリア姉は言い切っていたのだ。
街の人達の中には、姉達の顔を知っている人もいることだろう。
でも、今は貴族だった頃のような恰好じゃない。馬車だって、どこにでもある幌馬車だ。
まさか、前領主の子息子女が冒険者になっているなんて、誰も思いもしないことだろう。
その街をガタゴトと馬車は進む。
街の外れにある、少し小高くなった場所に両親のお墓があるのだ。今日はこの街で宿を取る。
「レオ君、そこを曲がったところに良い宿屋がありますよ。私の馴染みなので、そこに泊まりましょう」
「はい、分かりました」
ハンザさんの教えてくれた宿屋に入る。馬車とお馬さんは、宿屋の裏側に止められるようになっていた。
今回の旅で、ハンザさんが一緒になった事はラッキーだった。さすが商人だけあって、色んなことに詳しい。昨日泊まった宿屋も、ハンザさんのお勧めだったのだ。
「あら、ハンザさんじゃないですか!? お久しぶりですね!」
宿屋の女将さんらしき女性が、ハンザさんを覚えていて声を掛けてきた。
「ほいほい」
と、言いながらハンザさんは事情を説明して俺達の部屋も取ってくれた。
「ハンザさん、荷物を下ろしますか?」
「レオ君、有難う。お願いしてもいいですか?」
「勿論です」
レオ兄とハンザさんが荷物を下ろす間、俺達は宿屋の1階にある食堂でお茶を飲んでいた。俺はジュースだけど。
「ふわぁ~」
「わふう」
「らいじょぶなのら。眠いらけなのら」
「わふ」
ピカに、まだ眠いの? と聞かれたのだ。一日中、ウトウトとしていたからね。
チロはどこにいるのかな? と思って見ると、いつの間にか俺のポシェットの中で眠っていたのだ。
「ちろはよく寝るのら」
「わふ」
「ね~」
この街に来た記憶が俺にはない。両親が亡くなった時はまだ2歳だった。
住んでいた家さえも、全然覚えていないのだ。
なので、新鮮だ。ルルンデの街以外を知らないから。
建物やお屋根の色は、変わらないのに街の雰囲気が全然違っている。
歩いている人達が、旅の途中だろうと思われる人が多いからだろうか? 商人の様な人達が多いのだ。
ルルンデの街も、勿論旅の途中の人達はいる。でも、一番違うのは冒険者らしい人が少ないのだ。
ルルンデは森が近いしダンジョンがある。だから、冒険者が多い。
街中でも、剣を腰に差している人や弓を持っている人達が普通に歩いている。それが、この街ではあまり見掛けないのだ。
「ロロは覚えてないわよね」
「うん」
「お父様とお母様と一緒に、家の馬車で来たことがあるの。馬車で半日くらい走ると、また街があるわ。その街の方が規模は大きくて、この領地の中心になるの。そこにお邸があるのよ」
「しょう」
「ロロはまだ赤ちゃんだったわ」
「しょっか」
まさかこんな風に、両親のお墓参りで来ることになるなんて……と、思っているのだろう。
だって、俺だってそう思う。
初めての遠出だけど、ここにきてウキウキ感がなくなった。仕方がないのだ。
「お待たせ。夕食を食べようか」
「レオ君、助かりましたよ。有難う」
「いえ、ハンザさんも一緒に食べましょう」
「ほいほい」
ハンザさんは何度も来ているだけあって、詳しくて色々教えてくれた。この街は塩が名産なのだそうだ。
俺は知らなかったから、ハンザさんのお話は新鮮だった。
もちろん、リア姉やレオ兄は知っているのだろう。それでも、ハンザさんの話を黙って聞いていたのだ。
街外れに、大きな湖がある。その湖は濃いピンク色をしていて、塩が採れる塩湖なのだ。フューシャン湖という。
浅い場所で塩を掻き集めた1メートルほどの高さの小山が並ぶ珍しい塩湖で、含まれる成分によって塩の色が違う。塩が採れる場所で色が違うらしいのだ。
ピンクを中心に淡いブルー、エメラルドグリーンの塩がある。
肉系にはピンクの塩を、お野菜にはエメラルドグリーンの塩、魚にはブルーの塩が合うといわれている。
そこで精製される塩が有名で、重要な特産品になっている。その塩を利用した加工品も名物になっている。ハムや燻製肉、野菜の塩漬け等だ。
「ひょぉー! ぴんくのみじゅうみ! 見てみたいのら」
「ふふふ。墓地がある高台から一望できるわよ」
「へぇー!」
「そうでした、お墓参りでしたね。その塩はとても美味しいのですよ」
ハンザさんの話を聞いていると、料理が出てきた。名物の塩釜料理だ。
魚はブルーの塩に卵白やハーブを混ぜた塩を塗り固めてオーブンで焼くんだ。
肉も同じようにして、ピンクの塩を塗り固めて焼く。
夕飯には、その魚と肉の両方が出てきた。
「ひょぉー!」
「ふふふ、ロロは初めてね」
「見たことないのら」
前世でも同じような料理があったけど、食べたことがなかった。これは楽しみなのだ。
「ろうやってたべるのら?」
「はいはい、やりましょうね」
マリーが一緒に出された小さな金槌を手にとり、バコンバコンと塩を叩いて割った。お塩がカッチカチだったのだ。
「ひょぉーッ!」
「アハハハ。ロロ、驚いた?」
「うん、びっくりしたのら」
そこから出てきた、大きなお肉の塊と、お魚丸々1匹なのだ。
「さあ、食べましょう」
このまま食べるのか? と思ったら、マリーが切り分けてくれた。




