155ー最後の難関
魔馬と言っても大人しくて従順なのだ。
馬車に何人も乗っていても、疲れた様子もなく平気で走っている。力持ちなのだ。
真っ黒ではなくて、黒に近い茶色の艶々した毛並みに、鼻筋から額にかけて長細く白くなっている。
足は靴下を履いているみたいに、足先だけ白い。つぶらな丸い瞳が穏やかそうだ。
「れおにい、なれなれしたい」
「舐められちゃうよ?」
「なれなれしたいのら」
「そう? じゃあ抱っこしてあげるよ」
「うん」
レオ兄に抱っこされて、お馬さんのそばに行く。大きいのだ。
「普通の馬より足がしっかりしていて、体も大きいだろう?」
「うん」
「丈夫で力があるんだ」
「力もち?」
「そうだね」
レオ兄の話を聞きながら俺はそっと手を出す。先ずは、背中なのだ。そっと撫でる。
大人しく撫でられてくれる。いい感じなのだ。お顔にも挑戦しよう。
「れおにい、お顔なれなれしゅるのら」
「大丈夫?」
「うん」
白くなっている鼻筋に触りたい。あそこを撫でたいのだ。
俺が手を出すと、お馬さんがベロリンと俺の手を舐めた。クンクンと匂っていたかと思うと、パクリと手首まで咥えられちゃったのだ。
「ありゃ」
「痛くないだろう?」
咥えているけど、全然痛くない。力を入れていないのだ。甘噛みか? モグモグしているぞ。
「ロロが好きなんだ」
「しょう?」
「うん、僕も最初に手を食べられちゃったよ」
「ええー」
でも、そろそろ離してほしい。俺は、撫でたいのだ。
「お馬しゃん、なれなれしゃしぇて」
ちゃんと理解しているのか? 俺がそう話しかけると、手を離してくれた。
「お利口しゃんらねー」
よし、撫でてみよう。俺はチャレンジャーなのだ。小さな手でそっとナデナデする。
この感触はピカとはまた全然違う。ベルベットのような手触りなのだ。
大人しく、撫でられてくれる。良い子だね。うちにもお馬さんが欲しいなぁ。
お馬さんがいれば、リア姉やレオ兄の移動が楽になる。クエストのために、毎日歩いて森まで行くのだ。お馬さんがいれば楽だろうなと思ったのだ。
また、テイムしに行くか?
「れおにい、森にいるの?」
「お馬さんかな? 森にいるよ。でも野生のお馬さんは人には懐かないからなぁ」
そうなのか。それは残念だ。いやいや、テイムがあるのだ。レオ兄や俺はテイマーなのだから。
お昼を食べて少し休憩したらまた出発なのだ。
元気に馬車を引いてくれているお馬さん。魔馬というのだそうだ。元は魔獣さん。
お水をガブガブ沢山飲んで、草をモシャモシャと食べて、なんとレオ兄から骨付きの大きな生肉を貰って食べていた。おかわりもしていたのだ。
「れおにい、お馬しゃんお肉たべるの?」
「そうだよ。骨もバリバリ食べるんだ」
「ひょぉー!?」
骨ごとなのか!? この世界のお馬さんは凄いのだ。だからパワーがあるのか?
「ロロ、だから普通の馬じゃないよ。魔馬だ」
「しょうらった」
じゃあ魔法を使ったりするのか? クーちゃんは防御魔法が使えるのだ。
「多分なんだけど、軽い身体強化を使っているんじゃないかと言われているんだ。攻撃魔法やクーちゃんみたいな防御魔法は使えないんだよ」
ほうほう、なるほど。身体強化なのか。だから、元気に馬車を引けるんだね。
ちょっと待てよ。
「れおにい、かんてい」
「ん? 鑑定眼かな?」
「しょう。しょれれ、みれるのら」
「そっか、そうだね。この旅の間に時々見てみようかな。それよりロロ、ちゃんと座っていないと危ないよ」
俺は、レオ兄とニコ兄が乗っている御者台のすぐ後ろから、2人の腕を持って立っていたのだ。ヒョコッと首を出してお馬さんを見ながら話していた。
そうしないとお馬さんが見えないのだ。で、2人の腕を持っていないと立っていられない。だって、馬車は揺れるから。
「リア姉のとこに行って座っとかないと」
「にこにい、りあねえはねてるのら」
「リア姉は寝てるのか?」
「うん、みんなねてるのら」
「みんななの? アハハハ。お昼を食べてお腹いっぱいだからだろうね。静かだと思ったよ」
「らから、たいくちゅなのら」
「ロロは寝ないのか?」
「ねないのら」
「お昼を食べる前に寝ていたからだね」
そうなのだよ。変に寝てしまったから、全然眠くないのだ。
ピカさんも寝そべって目を瞑っているし、チロはその上で丸くなって眠っている。
ちびっ子戦隊も一箇所に集まって、大人しく寝ているのだ。
リア姉とマリー達もお昼寝中なのだ。
「みんなねてるのら」
「アハハハ、それは残念だねー」
「ロロ、あんまり顔を出したら危ないぞ」
「わかったのら」
長閑な街道をパカパカと馬車は進む。まだすぐそこに森が見えている。後少しで、森から離れた場所に出る。
「この辺りが最後の難関ですな」
「ハンザさん、難関ですか?」
おっと、眠っていると思っていたハンザさんが起きていた。
「ここを過ぎれば完全に森から遠ざかるので、魔獣は出て来ないのですよ。それで、最後の難関などと言われています」
なるほど。でも、難関と呼ばれるくらいなのだから、きっと魔獣さんが出るのだろうね。フラグが立っちゃったのだ。
でも、ピカさんは眠っているから大丈夫かな?
――ポップーン!
――ポップーン!
「うわッ! 何か飛んできたぞ!」
「ニコ、中に入るんだ! 姉上! 起きて!」
レオ兄が馬車を止めた。
ニコ兄が慌てて中に移動してくる。なのに、レオ兄が御者台から動かないでジッと森を見ている。
――ポップーン!
――ポップーン!
――ポプポプポップーン!!
「れおにい! あぶないのら!」
「大丈夫、ロロも出て来たら駄目だよ!」
「レオ! 何なの、これ!?」
一体何がどうなっているのか分からない。『ポップーン!』と音はするのだけど、何かが飛んでいるのか? 何が飛んでいるのか分からない。




