141ードルフ爺は凄い
「ピカ、1個だけでいいから出してくれないかな?」
「わふ?」
「ぴか、いいのら」
「わふん」
ピカがププーの実をコロンと1個出した。
「ブフッ!!」
またまたクラウス様なのだ。どうした? 今日はよくむせているのだ。
背中を摩ってあげようか?
「ピカ……ピカが……!?」
「「んん?」」
ディさんと俺は、それがどうした? と『?』を飛ばしたのだ。
「い、今何処から出したんですか!? ピカは、ピカは何処から!?」
これはあれだね、ディさん。
「知らなかったみたいだね」
「みたいなのら」
ふむふむと、ディさんと一緒に納得したのだ。俺はソファーにちょこんと座っているのだが、少し重役っぽさを醸し出してみよう。腕を組んで片手で顎を触ったりして。
どうだ? なかなかのものだろう?
「アハハハ! ロロは可愛い!」
いや、だから可愛いではないのだ。今はシブいを演出しているのだ。ま、そんな事はいい。
ディさんが、クラウス様にピカの能力を説明したのだ。
そして最後に、やはりこれだけは言っておかなければならない。
「くらうしゅしゃま、ひみちゅ」
またまた俺は短い人差し指を、プニッと唇に当てた。
「あ、ああ。これも秘密なのだな」
「アハハハ! 秘密になっていないよー」
いや、ピカに出してと言ったのも、説明したのもディさんだ。
俺ではない。ディさんが原因なのだ。
「あれ? マリー、ニコはまだなの?」
「はいはい、外におられませんでしたか? ドルフ爺さんと何かしていましたよ」
「ああ、マッシュかな?」
「みたいですね。なんでしたっけ?」
「しゅこし、しょだったのら」
「えぇッ!?」
鼻歌を口ずさみながらププーの実を切っていた、ディさんが反応したのだ。どうした?
「ねえ、マリー。リカバマッシュが育ったの!?」
「はいはい、そうなんですよ。でも、ほんの少しですよ。育ったと言われないと、分からないくらいです」
「それでも、凄いや! 今迄リカバマッシュを育てた人なんていないんだよ! エルフ族にもいないんだ!」
ほうほう、それは凄い事ではないか。やっぱそうなのだ。ドルフ爺は、ただの爺さんではないのだ。実は博士だったりするのではないか?
俺はずっと前からそう思っていたのだ。ふむふむ。
「ロロ、何考えてるの?」
「りあねえ、どるふじいはきっと、はかしぇらったのら」
「はか……博士かしら?」
「しょうなのら。らって、なんれもしってるのら」
「そんなに凄いのか?」
「しょうなのら」
ふふふん、と思わず俺が自慢気にポヨンとしたお腹を……ではなくて、胸を張ったのだ。
だって、普通の農家の爺さんじゃない。
リカバマッシュだけじゃなくて、マンドラゴラの事もそうだ。普通の人は、マンドラゴラの対処方法なんて知らない。
それに、何よりリカバマッシュの菌の増やし方なのだ。あれは、まんま前世の椎茸の栽培方法と同じだ……と、思う。俺はあんまり知らないのだけど。
「本当に、ドルフ爺はスゲーよ」
そう話しながら、ニコ兄とユーリアが家に入って来たのだ。
「ニコ、リカバマッシュが育ってるって本当なの!?」
シュンッとあっという間に、ディさんがニコ兄の側へと移動した。手にはププーの実の種を持っている。
ププーの実を切って、種を取り出したところだったのだろう。それ、捨てようよ。
「ディさん、そうなんだ。ほんの少しだけど成長してんだよ。ドルフ爺はスゲーんだ。何でも知ってるしさ」
「僕が知ってる限りだと、今この世界でリカバマッシュを育てられる人なんていないんだ!」
「えぇッ!? そんなになのか!?」
「そうだよ! 凄いんだ! もしかしたら、王から褒賞をもらえるかも知れないよ!」
「ええーッ! ディさん、それは大げさだよー!」
「大袈裟でも何でもないよ!」
ディさんが言うには、リカバマッシュはあらゆる状態異常を完全に回復させるのだ。
状態異常といっても色々ある。毒や石化、麻痺などがメジャーだ。気絶させたり、少しずつ体力を奪ったりするものもある。魅了や狂戦士化なども状態異常のうちに入るらしい。
どんな状態異常も治してしまうポーションの材料に欠かせないのが、リカバマッシュだ。
そんなもの現在出回っているポーションにはない。万能薬くらいなのだそうだ。だけど、この国では万能薬なんて伝説級なのだ。
万が一の場合は、唯一作る事ができるエルフ族を頼るしかない。
この国では、製薬方法がもう分からないのだ。どのような薬草をどれだけ使うのか分かっていない。失われてしまったのだそうだ。
「でも、エルフ族には魔法があるからね。そう必要って訳でもない。だからあまり作られていないんだ。その上、材料に必要なリカバマッシュがダンジョンの最奥にしか生えていない。だから余計に作られていないんだよ」
ほうほう、なるほど。でも、俺達ヒューマン族にはエルフ族みたいに魔法が使えない。なら、頼るのはポーションや薬湯だ。
そのポーションでも薬湯でも、全ての状態異常を回復させるものなどないのだそうだ。
「少しずつ、色んなタイプのポーションを飲むんだ。まあ、そんなに色んな種類の状態異常に一度になる事なんてないんだけどね」
だから余計に失われてしまうんだ。怪我を治したり、体力を回復させたりだったら必要だから廃れないのだ。




