488.お姉ちゃんの密かな願い
「パッパの抱っこ、好き」
イヴが短く意思表示する。照れたようでぶっきらぼうな口調だが、ルシファーは素直に喜んだ。
「そうか、また抱っこさせてくれ。オレがしたいんだ」
リリスと一緒で、天邪鬼な傾向のあるイヴを気遣い「オレが」を強調しておく。
「うん、いいよ」
「ありがとう」
抱き上げたまま、テラスに出る。ルシファーが執務をこなす間に、外は夕暮れに染まる時間になっていた。傾く夕日を浴びながら、艶を増した黒髪を撫でる。
「イヴ、シャイターンは好きか?」
「うん、大好き。可愛い」
「立派なお姉ちゃんで助かるが、無理していないか? 嫌なことがあれば相談して欲しい。これはオレからのお願いだ。言いづらければ、リリスでもいいぞ」
「うん……あのね」
小さな声で切り出したイヴに、やっぱり不満があったのかと安心する。こうして話してくれるなら、解決してやれるからだ。言わずに溜め込まれるのは困る。
自分の黒髪を指でくるくる回す。ようやく肩甲骨の下まで伸びた毛先を、イヴは摘んで引っ張った。
「この髪の毛、白くなる?」
「は? ……えっと、白……がいい、のか?」
予想外過ぎて、素っ頓狂な声をあげてしまった。意味を捉えようと、娘の言葉を繰り返してみる。白い髪になりたいと聞こえた。
「パッパの色がいい」
「そ、そうか……嬉しいな」
へらりと笑み崩れる。愛娘が同じ色になりたいと願っているのだ。これは「パパのお嫁さんになる!」のパターンか!! 愛娘が口にする言葉を推測しながら、ルシファーはご機嫌だ。
わくわくする父親を無視し、イヴは続けた。
「ゴルのお嫁さんになるの」
「ん?」
予想と真逆の主張に、ルシファーは考え込んだ。イヴの交友関係で、ゴルと呼ばれそうなのは琥珀竜だけ。ゴルティーだとして、なぜお嫁さんの話に繋がるのか。
「金色じゃなくて白がいいんだよな?」
「うん」
話がよく分からない。どう質問したら答えが得られるか。唸るルシファーを見兼ねて、ヤンが口を挟んだ。
「我が君、イヴ姫様は勘違いしておられるのです」
リリスにくすぐられたシャイターンが逃げたため、クッション役から解放された獣王フェンリルは、小型化していた。敬愛する魔王陛下が困っていれば、お助けするのは当然だ。胸を張って記憶を辿り始めた。
「勘違い……」
ヤンの覚えている話によれば、ゴルティーは保育園に通うイヴへこう告げたらしい。強いお嫁さんをもらうのだ……と。
イヴは素直に周囲へ尋ねた。強さの基準は何か、その答えが「純白の魔王」だっただけ。イヴの友人達が知る最強は、純白を持つルシファーだ。魔族の形として白が強いのは、間違いない。この質問内容が「お金持ち」や「権力者」であっても、やはり魔王と答えただろう。
そのため強さの象徴である白い髪が欲しいと強請り、その裏でゴルティーのお嫁さんになるへ繋がった。
目を輝かせて強さの象徴である父を見つめ、気に入った雄のお嫁さんになりたいと願う。イヴは早熟らしい。保育園への送り迎えをしていたヤンの証言により、事情は察したが。
「白くなれないぞ」
大人げなく答えた。実の娘に「パパのお嫁さんになる」と宣言してもらえるチャンスを逃し、すっかり臍を曲げていた。
「ふーん」
ムッと唇を尖らせたイヴは、ルシファーにトドメを刺した。
「そんなこと言うパッパは嫌い」
「っ!」
ショックを受けすぎて、ルシファーは半泣きになる。そこへリリスから声がかかった。逃げ回るシャイターンを捕まえたのだ。
「何してるの? 果物剥いて食べましょう」
「リ……リリスぅ」
泣きつく夫をきょとんとした顔で受け止め、リリスは首を傾げる。ヤンから事情を聞いて、声を立てて笑った。




