487.魔王の一家団欒にわんわんが一匹
立ち上がったシャイターンは、ふらふらと移動する。体の軸が左右にブレるが、気にせず正面の目標に向かって一直線だった。到着!
「だぁ! ママ!!」
「シャイターンったら元気ね。驚いちゃったわ」
驚いた顔をする母に得意気な顔を向け、また歩き始める。少し離れた場所で遊ぶ姉に飛びついた。
「ねー!」
「あぁ……崩れちゃった」
残念そうな響きに覗き込んだ先は、崩れたおもちゃがあった。色もたくさんある。嬉しくなって握って振り回すと、すぐに姉イヴに回収されてしまう。
イヴが学校で使う色鉛筆だった。鉛筆と表現しているが、紙を巻いた色芯であり、クレヨンと呼ぶ方が近い。振り回して割れると困るので、イヴは回収した色鉛筆を収納へ放り込んだ。
「これはお勉強で使うの。だからダメ。違うおもちゃで遊ぼうね」
難しい言葉がいっぱいだったが、ダメと遊ぶは理解できた。これはダメ、イヴが取り出したおもちゃは大きなぬいぐるみだった。シャイターンは抱きついて遊ぶ。ぬいぐるみごと転がって、声を立てて笑った。イヴがぬいぐるみを動かすので、立ち上がって押し倒す。また転がった。
楽しくて嬉しくて、姉に「大好き」を伝えようと顔を上げたシャイターンは、大きな犬に顔を舐められた。
「わんわ!」
「ヤンよ、わんわんと呼んだらダメなの」
ダメはわかる。でも「わんわ」が「わんわん」になった? 混乱しながら首を傾げると、大きなわんわが顔を舐めた。ぱくっと食べちゃいそうな大きさの口に押され、後ろへ倒れた。頭を打たないよう、イヴが支えてくれる。
両手足を動かして、じたばたしながら笑った。毎日がとにかく楽しい。シャイターンにとって、起きて寝るまでが驚きや嬉しさの連続だった。
「ヤン、イヴ、任せていいかしら。ルシファーを連れてくるわ」
リリスの頼みに、護衛のヤンとまだ幼いイヴは大きく頷いた。シャイターンを毛皮に乗せて滑らせ、イヴが受け止める。大好きな姉に向かって滑るのは楽しく、何度もせがんで繰り返した。
「おお、ご機嫌だな」
顔を上げると純白のパパがいる。シャイターンは両手を伸ばし、ルシファーに抱っこを強請った。すぐに願いは叶い、綺麗な顔が近づく。
シャイターンの知る世界は狭い。言葉はいくつも覚えたが、まだ使いこなせなかった。移動できる範囲も狭いし、うまく魔力も扱えない。ルシファーはそれでもいいと笑う。
ゆっくり育てばいい。そう言われるたびに、シャイターンは笑顔を浮かべた。自分が笑うと、皆が笑ってくれる。肯定感高めに育つシャイターンは無敵だ。
「シャイターンも学校へ通うと言い出しそうだな」
「イヴが通うのを追いかけるかも」
リリスも相槌を打つ。とにかく姉大好きな弟だった。後ろをついて回り、構ってもらおうとする。それをまたイヴが振り返って足を止め、追いつくのを待っていた。仲のいい姉弟で何よりだ。
「イヴは無理していないか」
「本人に聞きなさいよ」
ふふっと笑うリリスが、シャイターンを抱き上げてヤンの上に座る。心得た様子で、ヤンはくるりと丸まった。中央の窪みにハマった状態で、リリスはシャイターンを擽り始める。
「ほぉら! 擽ったいわよぉ」
「きゃぁああ! やぁ」
身をのけ反って笑うシャイターンは、母リリスから逃れようと必死だ。しかしヤンに包み込まれた体は抜け出せず、脇や腹、背中や首筋、手のひらに至るまで、擽り尽くされた。笑いすぎて苦しそうだ。
「イヴ、話をしようか」
「うん」
嬉しそうに頷くイヴを久しぶりに抱き上げる。リリスもそうだが、一定年齢になると抱っこの回数が減る。今は抱っこされまくるシャイターンもいずれは、同じように抱っこが減るのだろう。
懐かしく思いながら頬を寄せれば、イヴは両手を首に回して強く抱きしめ返した。




