480.囮作戦決行、何かおかしいわ
街と呼ぶには小さな集落だった。だが村と表現するには戸数が多い。獣人の中でも猫系が多く住む地区だった。
虎獣人と猫獣人で三人が拐われている。残る二人は熊と兎だが、こちらは丸い尻尾が自慢の美人らしい。街で聞き込んだ情報を再確認し、ルーサルカは頷いた。
「大丈夫です、いけます」
「では、この時点から私は影に入りますね」
街に入る前の段階で、アスタロトはルーサルカの影に潜った。これで街へ出向いた者は魔王夫妻とベルゼビュート、ルーサルカとなる。アスタロトが途中で消えると用心される可能性が高い。そのための作戦だった。
「オレ達は抜き打ちの視察に来た。だから、適当に逸れてくれ」
「はい」
抜き打ちの視察は時折行われる。数人の側近を連れて現れる場合もあれば、ルシファーだけのこともあった。今までの気まぐれな視察のお陰で、予告なしに現れても誰も不審に思わない。
「あれ? 魔王様」
「久しぶりだな。抜き打ちの視察に来たぞ。美味しい饅頭屋が出来たとか?」
顔見知りの犬獣人に話しかけられ、にっこりと笑顔で返す。警戒心の感じられないルシファーの様子に、彼も明るく切り返した。
「饅頭じゃねえさ、甘いパンだ」
「パンなのか? 噂の饅頭を食べさせると言って、リリスを連れてきたんだが」
にこにこと腕を組んだ黒髪の魔王妃に、犬獣人は慌てて言葉を付け足した。
「パンだけど、とんでもなく美味い。甘いから饅頭みたいなもんだ。案内するよ」
ベルゼビュートは街を見回し、ふらりと近くの店に吸い込まれて行った。これも作戦のうちだ。魔王夫妻は目的があって視察に来たが、側近はそれぞれ自由行動。そう見えるよう装う。
一人になった狐獣人のルーサルカが狙われれば、囮作戦成功だった。彼女は魔王夫妻を見送り、すぐ近くの小物屋に立ち寄る。いくつか品物を選んで購入し、収納へ入れた。手ぶらな状態で、今度は飲食店へ入っていく。この時点で、怪しい人物の尾行は確認できなかった。
あっちへ寄りこっちで手招きされ、魔王夫妻は忙しい。お土産を物色し終えたベルゼビュートは、休憩がてら昼寝を始めた。公園の一角に立派な花を育て、中に潜り込んだのだ。
蕾になってベルゼビュートを包む花は、やや膨らんでいた。だが中に彼女はいない。アリバイ作りをして転移し、魔の森の調査を始めた。異常は感じないし、特に不審者も見当たらない。精霊も使い、念入りに調査を行った彼女は「変ね」と呟いた。
森に入って行った目撃証言があるなら、誘拐場所は森の中になる。だが魔物や魔族の気配がなくても、精霊は常に森に散っていた。数だけで言えば、魔族の中で一番多い種族だ。自我のないぼんやりした存在まで含めると、その数は魔族全体の半数近かった。
にも関わらず、行方不明事件の現場に来た精霊女王が情報を掴めない。隠蔽関連の魔法を使ったなら、目撃者はいないはず。矛盾する状況に、豊満な胸を揺するベルゼビュートが首を傾げた。
「やっぱりおかしいわ」
運ばれてくる情報は、一様に同じ状況を示していた。誘拐された者は見ていない、と。ならば、もう一度目撃情報と行方不明者の近辺を洗い直すのが、先かも知れない。そう考え始めた矢先、ルシファーから連絡が入った。
「ルカが見当たらない」
「……はい?」
こちらには来ていないわよ。というか、アスタロトは何をしてたの? 焦ったベルゼビュートだが、ゆらりと尻尾を振るルーサルカを発見した。森の中を歩く彼女は、単独に見える。
迷いなくどこかを目指す後ろ姿に首を傾げながら、ベルゼビュートはルーサルカを追った。




