470.噂で人は踊り教師枠は大人気となった
教師募集は思わぬ形で叶った。入学式の終わりに、ぽつりと溢した呟きが原因だ。
「新しい教師を雇うために、予算を増やすか」
耳にしたウサギ獣人が、その夜に酒場で話を広めた。あっという間に飲み屋街中に話が広がり、翌朝には尾鰭背鰭がびっしりだった。もう泳げないほど重くなった噂は「魔王様が新しい教師を雇う予算を増やした。そのため超高級取りになれるらしい」まで大きく成長する。
噂が早かった原因は、聞き齧ったウサギ獣人の職業にあった。彼は情報屋だったのだ。実しやかに広めた話は、信頼性の高い情報と勘違いされて城下町を駆け巡った。
入学式のために城下町へ入っていた親達の耳に入り、彼らは領地に戻る際に噂話を土産に持ち帰る。お陰で、数日後には隣大陸まで広まっていた。
転移魔法が有効活用されるということは、噂も同じ早さで広まるという意味だ。過去の噂と比べ、数倍の早さで浸透した話は思わぬ効果をもたらした。
「あのぉ、新しい教師受付はこちらですか?」
魔王城の城門前に、教師希望者の長い列が出来たのだ。門番のヤンは困り果てていた。どこへ取り次ぐべきか。
「どうしました、義母上」
「母ではない! 誰に相談すべきだと思う?」
鳳凰アラエルは少し考える。二人が思い浮かべたのは、アスタロトだった。文官トップの肩書きに加え、こういった騒動に強い。もしこの時点で、原因がルシファーの発言だと知っていたら、魔王を呼んだだろう。
「アスタロト大公閣下でしょうか」
うーんと唸りながら絞り出した声に吐息が混じり、魔力が滲む。魔力による召喚の条件が整ったこと、偶然近くで騒動を見ていたこともあり、アスタロトが反応した。
「どうしました」
「教師希望者の列ですが……どこへ取り次げばよいか、ご存知ではありませぬか」
ヤンはぺたんと伏せて尋ねる。これは魔獣としての礼儀の一つだ。相手が目上なら、姿勢を低くして尋ねるべきだろう。そんなヤンを好ましく思いながら、アスタロトは目を見開いた。赤い瞳がしばらく人の列を眺め、ゆっくり瞬きする。
「こんなに集まったなら、選べますね」
にやり、そんな表現の似合う笑みを浮かべ、彼は頭を傾けた。淡い金髪がさらりと風に揺れる。アラエルは本能的な恐怖を覚え、じりじりと後退りした。
「私はこれで」
さっさと空へ逃げる。くっ、あの裏切り者め。唸るヤンは逃げるわけにいかず、ぺたんと平べったくなってやり過ごす作戦に出た。
「ヤン、今日はここで受付をしてください。全員謁見の間へ送る手筈を整えます。サポートにエルフを数人手配しましょう」
さっさと話が決まり、ヤンは受付係を仰せつかった。文字が書けないので、名前を聞き出して謁見の間へ向かうよう伝える役だった。ぴんと姿勢を正し、堂々とした態度で受付をこなす。
庭師のエルフ達は名を書き記し、種族名を横に並べた。だが、途中で気づく。教師志望者なら、文字が書けるはず。そこで自ら記帳する方式に変更された。ここで文字が書けない者が篩分けされる。
文字は読み書きできなくても特殊技能を持つ場合もあるので、聞き取りをして謁見の間へと誘導した。全員を捌くのに午後までかかり、ようやく列の終わりが見えてくる。
「疲れたな」
門番として、これほどの客を迎えるのは久しぶりだ。大きく欠伸をしたヤンのぼやきは、やや曇り始めた灰色の空に吸い込まれて消えた。
「ベール、集まり過ぎましたね。試験でもしますか」
「ええ。少なくとも、向き不向きは確認しなくてはなりません」
アスタロトとベールが打ち合わせ、簡単な試験で適正判断を行うこととなった。
「……書類処理は全部オレか?」
あっちの方が楽そうだ。アスタロトとベールが処理する書類をすべて押し付けられ、魔王ルシファーは執務室で肩を落とした。




