468.わかってるけど、分かりたくない
当初、先頭での入場を打診されたイヴだが、本人が断った。理由は最後尾につく友人と手を繋いで入りたいから。魔王の娘が先頭となれば箔がつく。そんな大人の思惑を、子どもは飛び越えた。
「最後だったな」
ぽつりと呟き、録画用の水晶と魔法陣を再確認する。朝から六度目の確認だ。動作しているとルキフェルが確約した上で、さらに追加の録画水晶も設置された。仲が良かったマーリーンは昨年合格して入学しているので、先輩として席についている。
黒髪を受け継いだイヴが、講堂に足を踏み入れた。今日は愛らしいピンクのワンピースに、赤いリボン姿だ。機嫌よく娘を見つめていたルシファーの表情が変化した。
「手を繋いでいるアレは、オスじゃないか?」
「……異性に対してなら男ですが、ああ、本当にオスでしたね」
イヴが男の子と手を繋いだくらいで、何をそんなに……。注意し掛けたアスタロトだが、ルシファーに同意する。というのも、手を繋いだ相手がオス竜だったのだ。
魔獣やドラゴンなどは、男女の区別をオスメスで呼ぶことが多い。人型を纏う種族は、男女と表現してきた。その区別でいくと、ドラゴンのオスだった。
「ゴルティーだね」
けろりとルキフェルが名を呼ぶ。レライエと翡翠竜の子だ。かつてリリスに翡翠竜が求愛したことも思い出し、ぐぬぬと唸る。もしかしたら、可愛いイヴの夫の座を狙っているのでは? そんな懸念まで浮かんだ。
「琥珀竜ですか。希少種でしたね」
ベールが淡々と釘を刺す。竜族は色の名を持つレアなドラゴンが存在する。ルキフェルの瑠璃、アムドゥスキアスの翡翠、ゴルティーの琥珀だ。現時点で三匹しか確認されていなかった。
希少種や幻獣、神獣の管理はベールの担当である。ドラゴン自体は魔獣とともに、ルキフェルの管理下だが、この場合希少性が優先された。
「陛下」
「わかってる」
「……はぁ、本当に?」
ベールの声に、歯軋りしそうなルシファーが答える。そこへルキフェルが肩を竦めて尋ねた。
「攻撃しちゃダメなんだよ、イヴが泣くからね」
「……わかってる」
同じ言葉なのに、ルシファーはトーンダウンした。愛娘に、パッパなんて嫌いと言われたら、軽く死ねる。そんな目に遭うくらいなら、多少の感情は呑み込んだ方がいい。
「ジルだわ!」
上位学校の入学式も同時に行われる。まだ幼いながらも飛び級したジルは、堂々と三位の席についた。成績順で座るのは、先頭の一列五人だけ。その後ろは好き勝手に友人同士で座った。
イヴはにこにこしながら、ゴルティーと並ぶ。何か話しかけているのを、魔法で聞き取ろうとしてアスタロトに止められた。
「親としては分からなくもありませんが、人として行動に問題がありますよ」
娘を持つ父親の心境を理解しつつも、バレたら怒られて泣くんでしょうと先を見通す。側近の指摘に、ルシファーは八方塞がりだった。
「オレのイヴが……」
「そのセリフ、リリス様に知られたら怒られるわよぉ」
ついにはベルゼビュートまで参戦する。お前も敵だったのか。項垂れるルシファーだが、背後に控えるベールに背中を突かれた。
「しゃんと背筋を伸ばして。イヴ姫が見ておられます」
慌てて背筋を伸ばす魔王。何も知らぬ民は、上位魔族の会話は聞こえない。楽しそうだな、と見守っていた。娘や息子の進学に盛り上がっているように見えたのだろう。
間違っていないが、正しくもない。民に知られるわけにいかない秘密が、またひとつ増えた。
「何やってるのかしらね」
ご機嫌で「うぅ」と声をあげるシャイターンを遮音しながら、リリスはこてりと首を傾けた。




