364.卵を割るといつも何かいる
眠り込んだリリスをじっと見つめたイヴは、ぷすっと指を突き刺した。鼻に刺さった指で目の覚めたリリスが、苦笑いして起き上がる。
「ママ」
「おはよう、イヴ。指を刺しちゃダメよ」
「あい!」
元気に返事をするイヴは、笑顔で隣のスイの鼻に指を突っ込む。さっきのいい子のお返事は何だったのか。引き攣る笑顔で、イヴの手を取ったリリスが引き抜いた。指先を浄化して、鼻を押さえて涙ぐむスイに謝る。
「ごめんなさい、イヴったら気に入ったみたいで」
鼻に指を入れる行為が、なぜかお気に召したお姫様である。自分の鼻にも突っ込もうとして、リリスに止められた。癖になると困る。いけないと言い聞かされて、イヴは渋々諦めた。
今まで知らなかった感覚に惹かれるが、叱られてまで入れたいかと問われたらそうでもない。イヴはひとまず鼻穴指入れ攻撃を封印した。
そこへ朝食のパンを受け取ったルシファーが戻ってきた。大きな卵も抱えている。
「卵を拾ったから焼いて食べよう」
イベントで使う大きな鉄板を取り出し、魔法陣で高さを固定する。魔法で火を燃やし、熱した鉄板に割った卵を流した。風で割った殻を捨てるルシファーは、後ろから聞こえた鳴き声に青褪める。
「なんだ?」
「パッパ、何かいるぅ」
指さすイヴは、リリスの腕に抱かれて大きく両足を振った。母を蹴飛ばした彼女は、慌てて動きを止める。しかし両手は鉄板の上で鳴く生き物に伸ばされていた。
「これは大変だ」
プータナーがひょいっと卵の中から小さな生き物を回収する。白身がべたりと付いたそれは、ドラゴンに見えた。鱗があり背中に鬣に似た棘がある。背中に小さな羽が付いていた。
「る、ルキフェルっ!」
驚きすぎて、召喚してしまう。魔力を込めた呼び声に反応した水色の髪の青年は、転移で現れて首を傾げた。
「何?」
「これ、竜族か?」
「ちょっと見せて」
卵の白身をべったり纏う小型のドラゴンもどきを両手で掴み、じっくり眺める。さっと尻尾を掴んで裏返し、観察してから思い出したように浄化を施した。プータナーは手を洗ってよく拭いている。
「これ、ドラゴンだけど……どこの子だろう」
種類がよく分からない。熱い鉄板で焼ける卵から生まれたのか。火竜のように見えるが、色は青くて水竜を思わせた。だが分類はともかく、保護対象なのは間違いない。
まだ両親に庇護される幼い竜だった。竜族の頂点に立つ瑠璃竜王ルキフェルが「ドラゴン」と断言したことで、種族だけは確定した。両親を探すため、ルキフェルがこの子竜を預かる。
「ルシファーったら、また拾ったの? アシュタに叱られるんだから」
腰に手を当てて叱る口調のリリスだが、彼女自身もルシファーに城門前で拾われた一人である。偉そうに言える立場ではなかった。実際、リリスを拾ったことで「元いた場所に置いて来なさい」と叱られた記憶も新しいルシファーは苦笑いする。
「卵から生まれたのか? 悪いことをしちゃったな」
中身が生きていると思わなかった。そう呟いたルシファーだが、鉄板の上には黄身の割れた目玉焼きが完成している。下で燃やした火を止めて、ルシファーは首を傾げた。
卵の白身も黄身もある。美味しそうに焼けているが、あの子竜は卵のどの部分だったのか。
「黄身と白身以外の……卵膜?」
唸るルシファーへ、イポスが指摘した。
「あの子竜は卵の中身ではなく、後から飛び込んだんだと思います」
イポスは見ていた。ルシファーが卵を割った時、白身と黄身以外に固形物はいなかったのだ。そう言われて、ルシファーはほっとした。
「よかったぁ、見落として炙ったかと思った」
口出し出来なかったグシオンは、なるほどと納得する。魔王が大公に叱られた話をよく聞くが、この確認不足が原因らしい。懲りないところがルシファーたる所以だった。




