342.私、お姉ちゃんになる!
甘い蜜月を過ごした夫婦が増えたのは、即位記念祭も影響していた。魔王夫妻の一人娘が正式にお披露目され、注目を集める。加えて、アスタロト大公夫人や大公女達の妊娠報告が重なった。
またお祭りの間に知り合った男女が、結婚したり交際するタイミングもあり……出産ラッシュが訪れるのは必然だ。大急ぎでベールが提案書を作成した。ルキフェルが条件や時期を決めて追記し、呼び出されたベルゼビュートも予算の計上を行う。
「と言うわけです、陛下」
読み上げられた提案書に、ルシファーは大きく頷いた。ベビーラッシュがくれば、当然、家庭の負担が増える。それを補助する施策が必要になり、幼子を預かってくれる保育所の増設が急務となった。
初産の夫婦には、子育てが終わった世代が助けに入る。二人目三人目を身籠る家庭は、赤子のケアはもちろん、上の子の世話も手を抜けない。兄や姉になることに喜びを覚えたとしても、下の子に嫉妬する幼子は多いからだ。
ある程度の年齢に達した子を預かる保育園だけでなく、生まれて間もない赤子の世話ができる保育所も求められた。上の子を預けて赤子の世話をするのと同じように、赤子を預けて兄姉達に愛情を伝える時間も取れる。予算は予備費から供出され、すぐに建物の増築から入った。
「陛下、魔獣の子は別に預かったらどうかしら」
ベルゼビュートはある懸念を口にした。魔獣の子は、生まれてすぐに歩く。身体能力も高く、1年もすれば小さな餌を狩り始める種族もいた。人型の種族は成長が遅い。魔力量が多ければ尚更だった。年齢や月齢だけで一緒くたに預かれば、事故が起きる。
もっともな提案だが、欠点もあった。一緒に育つことで偏見や差別が減る。その一面もあり、保育園は種族別のクラス分けを禁じた。保育所で種族別に部屋を分けたら、保育園で上手に馴染めないのではないか。
あれこれ議論が進む中、リリスはあふっと欠伸を噛み殺す。まだ平らなお腹を、大切そうに撫でた。ここにルシファーの次の子が宿っている。確信があった。まだ宿って数日、でも間違いない。いつ言おうか。
「ママ、抱っこ」
「おいで」
座った膝の上に乗せ、抱き合う向きで引き寄せた。イヴは母リリスの背中へ手を回し、顔を腹と胸の間に押し付ける。少しすると、ずるずる後退して抱き付き直した。ちょうど腹に耳が当たる位置で、じっと動かなくなった。
目を閉じてじっとしていたイヴは、突然起き上がる。
「ママ、弟いる!」
確信を持って叫んだ声に、大公と魔王の議論が止まった。ぎぎぎと音を立てて振り向く魔王ルシファーの顔に「本当に?」と尋ねる色が浮かぶ。迷ったけれど、嘘をつかずにリリスは頷いた。
イヴは興奮した様子で「おとーと」と繰り返す。なぜか妹ではなく、弟と断定した。
「弟……男の子か」
疑わずに微笑む美貌の魔王へ、リリスが「たぶんね」と笑った。リリスを抱き締めて背中や髪を撫で、愛してると囁きながら口付けを送る。
「……うちはまだだと思うわ」
残念そうなベルゼビュートが、己の下腹部を撫でた。その表現から判断すれば、することはしたらしい。
ルキフェルは水色の前髪をくしゃりとかき上げた。
「なんだか羨ましいな」
「結婚相手を探しますか?」
ぼそっと呟いた本音に、保護者ベールが心配そうに声をかける。少し考えた後、ルキフェルはふるりと首を横に振った。
「ダメだな、だってベールより僕を理解する女性が見つかると思う?」
「無理でしょうね」
「無理だわ」
「絶対に無理だ」
ベルゼビュートやルシファーまで加わって否定され、顔を見合わせたルキフェル達は笑い出した。1万年以上付き合いのある養い親は、大切な養い子がまだ手元に残ることに安堵の息を吐く。様々な思惑が交錯する部屋で、イヴは「おとーと」のいる母のお腹に頬を寄せた。
「私、おねぇちゃんになる」




