333.仇を討ってよ、ベール
距離を詰めたドラゴンの牙が迫る。だがルキフェルに噛み付く気はなく、近距離でブレスを放った。
「っと!」
じりっと毛先が焦げる。咄嗟に氷の障壁を作り出し、滑らせるようにブレスを逸らした。遥か遠くの山が、激しい音で燃え始める。
「悪い、アスタロト。消火しておいてくれ」
「承知しました」
苦笑いしたアスタロトが魔法陣を飛ばす。一瞬で消火したのは、あの山も誰かの領地だからだ。現時点で、元人族の領地を含め、空いている土地はなかった。強いて言うなら、管理が徹底されない海が該当するかどうか。
留守の間に家が燃えるところだった魔獣が、ほっとした顔で座り込んだ。ルキフェルが竜のまま「ごめん」と謝る。大きな角を持つ鹿の一族は、揃って首を横に振った。見事にシンクロしているのは、誰かが左右逆になると角が絡まるためだ。
「ルキフェル、ブレスは危険だから禁止にしよう」
「うん、わかった」
素直に受け入れたブルードラゴンは、爪がついた翼を羽ばたかせる。そこから一転して急速落下を試みた。鋭い爪がきらりと光を弾く。巨体を避けるように数歩移動すると、そちらへ落下地点を変更された。
「質量できたか。なら、これでどうだ?」
ルシファーは手前に大きな網を作り出した。にやりと笑ったルキフェルは炎の魔法陣を飛ばし、焼き払おうとする。しかし魔力で編まれた網は、性質を変化させる。
水を編んで作った網は炎に抵抗し、ルキフェルが止まりきれずに突っ込む。絡み付く網は土属性に変化し、蔦となってドラゴンを拘束した。縛り上げる力を、瑠璃色の竜は振り払う。
圧倒的な魔力を体に纏い、ルシファーの魔力を中和した。魔力の質を近づけて、すり抜ける。魔力操作や魔法陣の扱いに長けたルキフェルならではの技だった。ハイエルフなど、魔法に長けた一族から応援の声が上がる。
「頑張れ!」
「魔力の中和だぞ!? すげぇ」
あまり魔法に縁がない魔獣は、圧倒的な質量と爪を生かした攻撃に釘付けだった。
「あの爪、痛そうだな」
「魔王様の服を引き裂いたぞ」
届いた爪で切り裂かれた袖に、ルシファーが肩を竦める。結界を二割まで緩めた影響もあるが、あっさり貫いてくる大公達の実力も見事だ。そこに注目する者も少なくなかった。
「見せ場が足りないな」
呟いたルシファーへ、ルキフェルが同意の咆哮を上げる。喉を震わせたドラゴンは、舞い上がると羽を広げた。大量の魔法陣を生み出し、それぞれに魔力を注ぐ。受けて立つルシファーも、周囲に対抗する魔法陣を作り出した。
「いけぇ!」
ルキフェルの声に呼応する形で、大量の魔法陣が発動した。炎や氷、水、風と種類を問わない攻撃が降り注ぐ。相殺するルシファーの魔法陣は、それぞれを打ち消した。魔法陣に込める属性や魔力量を調整し、派手な爆発でひとつずつ花火のように弾ける。
最後の一つが消えたところで、炎に隠れたルキフェルの一撃が振り下ろされた。爪を弾いたルシファーへ、後ろから尻尾が襲う。それを逆の手で受け止められ、ルキフェルが着地した。
「負けた、もう終わり」
「お疲れさん。前より魔法陣の制御スピードが上がったな」
褒める言葉とともに、ルシファーは両腕で竜の鼻先を撫でる。擦り寄り甘える瑠璃竜王は、するりと青年姿に戻った。それを抱きしめて、水色の髪をくしゃりと乱す。水色の瞳を細めて笑うルキフェルは、思い出したように観衆へ一礼した。
「どうだった?」
声を張り上げれば、わっと拍手や歓声が飛んでくる。それに応えて手を振り、ルキフェルは育て親に場を譲った。
「仇を討ってよ、ベール」
「任せてください。陛下、お覚悟を」
銀髪を下げて会釈するベールの冷たい青瞳に、ルシファーは引き攣った笑みを浮かべた。
「お手柔らかに、な?」




