320.鳳凰の飛来は予定にないようです
本来のお披露目では、本人が知っている魔法を披露したり、種族の特徴を見せたりする。リリスは白い翼を広げて、頭の上に光る輪も浮かべた。イヴはすでに魔法を披露したのでいいか、そう思ったが。
「折角だから、翼を出してご覧なさい。こうよ、ほら」
リリスが見本を見せれば、イヴの期待の眼差しがルシファーへ向かう。出すのはいいが……と呟きながら、ばさりと4枚の翼を解放した。途端に魔力が渦を作り出す。それを上手に中和して収めた。
「ぱっぱ! まま!!」
杖を取り上げられたイヴは指差した後、うーんと唸る。ばさりと翼が現れるが、幼い頃のリリス同様小さかった。ルシファーの手のひらに収まりそうな、小さな翼がぱたぱた揺れる。
猫の尻尾みたいだな。愛らしい姿を披露したところで、イヴは終わり。続いて他の子達が、己の能力や種族的特徴を披露した。それを見終えると、杖と一緒にイヴを受け取る。
「ルシファー様、急がないと晩餐に遅れます」
「え? もうそんな時間か」
謁見して認めたばかりの貴族達を、既存の貴族に紹介する夜会がある。今回はイヴが幼いのでリリスは参加予定を入れなかった。
「ヤンと一緒に帰っててくれ」
「分かったわ、頑張ってね」
ちゅっと頬にキスをもらい、にやけた魔王は側近に引き摺られて退場した。いつものことなので、魔族は微笑ましげに見送る。その後、子ども達の親に囲まれて雑談を楽しんだリリスは、ヤンに促されてようやく帰路についた。
「あら、鳳凰が踊るの?」
「……そのような予定は知りません」
上空を舞う鳳凰を見上げるリリスは、巨大フェンリルの背に揺られながら呟く。同じように後ろに乗った大公女達は顔を見合わせ、お互いに「知らないよね」と確認し合った。
大きな祭りやイベントだと、鳳凰が空で舞を披露することがある。リリスは結婚式などで見た舞を期待して目を輝かせた。だが、大公女やヤンは首を傾げた。数が少ないし、舞の披露は予定になかったのだ。
まだ職場復帰はしていないものの、イポスは眉を寄せて剣の柄に手を掛ける。一定のリズムで揺れるフェンリルの背から滑り降りた。
娘マーリーンは慣れた様子で背中にしがみ付く。専用のおんぶ紐で娘を縛り、イポスは超音波に近い音で確認を行う。すぐに返答があった。ヤンに並んで走りながら、イポスが報告する。
「鳳凰の舞は最終日です」
「じゃあ、まだね」
リリスも何やらおかしいと気づいて、眉を寄せる。ヤンが速度を上げた。
「少し急ぎますぞ」
現時点で、リリス達は城門の外にいる。城下町から繰り出した魔族やテントを張る者が犇く広場を、ヤンは器用にすり抜けていく。巨体にも関わらず、テントの張り紐に転ぶことはなかった。
フェンリルが森の王者と称される所以でもある。森の木々や蔦が絡まる茂みを、するりと抜ける能力は種族特有だった。配下となる魔狼族では、こう簡単にいかない。魔王城の女主人や重鎮を運ぶヤンは、城門を越えたところで、ようやく足を止めた。
「ピヨやアラエルに事情を聞いて参りますゆえ、姫は中へお入りください」
「ええ、ありがとう。ヤン」
お礼を言って頬擦りする。イヴもぼふっと毛皮に顔を埋めた。ぐりぐりと頭を左右に振って、母の真似をする。その間に降りた大公女達も礼を言い、それぞれに情報収集に向かった。
リリスは中庭にテントを張る小型の魔族に挨拶をしながら、イヴを抱いて足早に城の中へ入る。自分に何かあれば、ルシファーの足を引っ張るから。彼女はそれをよく理解していた。
「何もなければいいのだけれど」
お祝いに駆けつけただけ。舞を見せたかっただけ。そんな他愛ない話に落ち着くことを祈りながら、3階の私室まで階段を登った。




