308.可愛いは娘が相続する
新しい靴を履いて、綺麗なドレスを着て、頭にお姫様の飾りを付ける。イヴは目を輝かせた。なんだか特別な気がする。
黒髪に銀の瞳の幼女は、父母の特徴を備えた愛らしい姿で、笑顔を振り撒いた。変色性のある宝石に合わせ、光の当たり方で虹のように色が重なるドレスは、幼子の心を掴んで離さない。ふわふわしたスカート、銀色から金色へグラデーションがかかった靴。何もかもが特別に思える。
体が一気に成長したので、一般的な2歳児くらいになった。ドレスも靴も直してもらい、サイズはぴったりだ。小さな杖を手にぶんぶん振り回した。
「いてっ、イヴ。それは振り回すと危ないぞ」
世界樹ならぬ魔の森の主リリンから譲られた枝を削り、慎重に作り上げた杖だ。力作だとハイエルフ達は胸を張った。届けに来たオレリアは、削った木屑まで置いていく。なんでも固めたら何かに使えるのではないかと。確かに勿体無いので、ルシファーも受け取った。
振り回すたびにルシファーの純白の髪に絡まったり、頭を叩いたりする。現時点で、最強の純白魔王を叩きのめす最強の幼女だった。これは慣習となり、代々受け継がれそうである。
「ぱっぱ! イヴ可愛い!」
自画自賛する娘の頬に擦り寄り、ルシファーは「最高に可愛いぞ」と褒めた。嬉しそうなイヴの向こうで、リリスが複雑そうな顔をする。ずっと、ルシファーにとっての最高に可愛いは、リリスが独占してきた。その立場を奪われた形だ。
「リリスは綺麗になったからな、可愛いはイヴに譲ってくれないか」
「うーん、そうね」
可愛いのは異論がない。だが、なんとも複雑な気持ちを昇華するのは時間がかかりそうだ。手を伸ばして引き寄せ、リリスの黒髪にキスを落とした。少し気分が浮上したリリスが微笑む。
「……我々の存在をお忘れのようですが」
ベールが渋い顔で割って入る。というのも、もうすぐイヴのお披露目の時間だった。いつも通りテラスを延長する形で作られたステージから、魔王一家が挨拶を行う。心待ちにする魔族が押し寄せていた。
魔王城の周辺は、綺麗に区分けされてテントが張られる。種族ごとに場所が割り当てられるのだ。不公平感をなくすため、様々な事情を考慮して熟考を重ねた。アスタロトやベールが掴んだ情報を参考に、やっと決まった配置だ。
揉めないよう種族間の調整を行ったが、即位記念祭でのケンカは一族を巻き込んでの大騒動になる。そのためケンカは少なかった。期待の眼差しが集まるステージへ、着飾った魔王と魔王妃、一人娘のイヴが顔を出す。と、地響きするような歓声が上がった。
びっくりして目を丸くするイヴだが、音を半減させる結界のお陰で泣き出すことはない。きょろきょろと周囲を見まわし、杖を振り回す。魔法の象徴として杖を持つが、実際に魔法を使う際に利用することはない。また安全策を事前に講じることが可能な魔法陣の方が普及しており、ほぼ形骸化した慣習だった。
4歳になる子に杖を持たせる。一種のおまじないであり、願掛けだ。魔族の母である魔の森の加護を、我が子が得られるように。杖は必ず木材で作られ、森を示す。と同時に、魔法の象徴である杖の形に仕上げることで、魔力に困らぬ人生を送れるよう願った。
イヴが振り回すたび、きらきらした光が舞う。ルシファーの演出だが、集まった魔族は大いに盛り上がった。
「魔王様、魔王妃様!」
「王女様、こっちぃ」
周囲すべてに手を振り、ルシファーは一度下がる。次の挨拶まで30分ほど時間があった。頭の上に載せた大量の髪飾りを外しかけ……手を止めた。万が一にもイヴが掴んだら、即死の魔法陣が作動する。危険すぎるので、イヴをリリスに預けた。
「ぱっぱ」
無邪気に抱っこを強請る我が子に、葛藤したルシファーは髪飾りをすべて外す。収納へ厳重に仕舞い込み、手ぶらの状態でイヴを抱き上げた。頬を緩める魔王の姿を、側近達は微笑ましげに見守った。




