290.それは地産地消じゃない?
日本人達とのお茶会は、とても有意義だ。そのため定期的に奥様会と合同で開かれてきた。今回も予定通り参加したルシファーは、耳より情報に目を輝かせる。
「聞いてくれ! 地産地消という考えがあるそうだ」
耳慣れない単語を仕入れたルシファーは大喜びで、ベール達に披露する。その解釈は激しく間違っていたが……。訂正する人がいなかったのは、幸か不幸か。現時点で判断がつかなかった。
「どうぞ」
書類を捌く手を止めて、聞く姿勢を見せたベールがお茶の用意に立ち上がった。隣で研究資料を纏めていたルキフェルも作業を中断し、執務机からお茶菓子を取り出す。収納場所がおかしい気もするが、まあいつものことなので誰も指摘しなかった。
並んだお茶とお茶菓子を前に、ルシファーが説明を始める。
「魔王城に集まる書類が多過ぎるだろう? 地産地消なら、解決できる。その地で起きたことは、その地で解決する……つまり、魔王城に書類を持ち込まないで済む」
強引な結論に、ベールは溜め息を吐いた。ルキフェルも眉を寄せて、内容を消化してから首を傾げる。意味が繋がらない。
「書類が減ることと、事件を解決することの因果関係は?」
「だから、温泉街で騒動が起きたら現地の貴族が解決する。ここまではいいか?」
二人が頷くのを待って、ルシファーはお茶のカップを手に取った。
「その後、現地から報告書が上がる。これが書類を増やす原因だ。普段は向こうで書類の作成や管理をしてもらい、後で纏めて報告してもらう。これなら書類の量が半減するぞ」
「陛下、問題点があります。報告の間隔が開き過ぎれば、騒動が再燃した場合に対応が遅れます」
軍の司令官として管理する彼らしい指摘だ。騒動が起きても現地で解決するのはいいが、その解決方法が適切ではない場合も考えられる。無理やり収めた後、反乱や復讐の形で噴き出しても困る。もっともな意見だった。
「報告期間を短くしたらいい」
「それでしたら、結局書類は減りません」
短期間で報告書が上がってくれば、3枚分が1枚になる程度だ。それでも十分減るが、内容を簡略化したことで重要な部分を見落とす可能性があった。
「うーん、減ると思ったんだが」
唸るルシファーへ、ルキフェルが意見を出した。
「たとえばさ、ルーシアは調整官だよね? そういった役職の者を増やして、彼らに書類を管理させたらどうだろう。調整官が不正をしないよう管理するのを、大公や魔王の仕事にしたら一気に書類は減るよ」
正確には書類が減るのではなく、分散する。対応する者が増えれば、それだけ一人当たりの負担が軽くなる原理だった。少なくとも魔王城へ持ち込まれる報告書は激減するはずだ。
「それだ! それでいこう」
署名押印の必要な書類が減る。それだけで、ルシファーは嬉しかった。可愛いイヴの成長期を3年も見逃した後悔は重く、これからは出来る限り一緒に過ごしたい。そのために書類処理の時間は少ない方が望ましいのだ。
「日本の知識は興味深いよね、地産地消……ちゃんとメモしておこう」
間違った意味で使われ、気づいたイザヤ達が訂正しようとした時には遅く。魔王城の文官すべてに広まった後だった。今さら直せば混乱するため、この世界での「地産地消」は「現地で騒動を解決して、魔王城へ持ち込まない」ことと明記される。こうして新しい言語は、魔族に浸透していった。
多少意味が違っていても、聞くたびに「違う」と反論したくなっても、日本人の知識が魔族の生活を豊かにしている事実は揺るがない。このアイディア料は「間違ってるので受け取れない」と辞退されたため、最終的に孤児の生活支援に回された。




