270.留守中に消えたコレクション
ベルゼビュートの子ジルという、成長の遅い先輩がいることで、ルシファーは落ち着いた。我が子イヴの成長が遅いから何だというのか。強大な魔力の持ち主なら、当然だった。
考えてみれば、ルシファー自身も成長がゆっくりだった。魔力量から考えると早いが、それも魔王の地位に就いてからの話だ。ある意味、必要に迫られて成長を余儀なくされた、と言い換えることも出来た。その点、リリスはのんびり成長が可能な環境が整っている。
「オレは父親失格じゃない」
胸を張って断言したルシファーは、窓の外を移動するリリスに気づいた。異世界に行っている間に、リリスはあれこれと慈善事業を始めたらしい。毎日忙しそうなので、ちょっと気になる。
「リリス様ですね。幼かった頃が嘘のようです。先日も大量の子ども服を寄付してくださいました」
「ほう……」
魔王妃の予算は彼女に権限があるから、そこから買ったのだろう。にこにこと話を聞くルシファーが案内されたのは、イヴより年上の子達が集う保育室だった。4歳前後の外見をした女の子が、煌びやかなドレス姿でおままごとをしている。愛らしいのだが……あのドレスは見覚えがある。
「あの服だが」
「お気づきになりましたか! あれが寄付していただいたドレスです」
青ざめたルシファーは一度転移して自室のクローゼットを覗き、がくりと項垂れながら戻ってきた。大切なリリスコレクションが、半分以上ない。彼女の思い出と一緒に保管した、ルシファーの貴重な宝物だった。特別なイベントのドレスや宝飾品は、収納に入れていたので無事だ。
代わりに普段着として彼女が着用したワンピースや、お散歩の時に履いた靴が寄付されてしまった。全部収納に入れれば良かった。後悔先に立たず。項垂れる魔王の本音など、ガミジンが知るよしもない。
「あ、こちらもですね」
子ども用家具、いずれイヴに引き継ごうと思ったのに。寄付された保育園で、がっつり活用されていた。しかも人気アイテムらしく、少女達が中におもちゃを片付ける。どう足掻いても、取り上げる手段はなさそうだ。
案内しながら、リリスがいかに魔王妃として慈悲深いか。語るガミジンは魔王ルシファーの変化に気づかなかった。
「こちらのドレス以外にも、学校にも寄付しておられましたね」
「学校?」
シトリーが作った高度な教育を行う機関か。そういえば、視察に行っていなかったな。名目を付ければ顔出しも可能だろう。そそくさと執務室へ戻ったルシファーは、アスタロトに学校視察の許可を取り付けた。と同時に、積まれた書類の処理を引き受ける。
魔王不在の間、大公3人で処理した書類の量は膨大で、彼らに休暇はなかった。文官達に権限を分担したが、本来の彼らの仕事がある。追加になったルシファーの決裁分は、すべて3人の署名が必要だった。緊急時に入れ替わるための大公もいない。
3年間の苦労を切々と言い聞かせるアスタロトに頷きながら、ルシファーは異例の速さで書類を処理した。ここ数年で分担が進んだこともあり、再提出書類はかなり減っている。それに加え、すでに稟議が済んで署名待ちの書類も多かった。
文句も言わず、淡々と書類を処理したルシファーは、平らになった机の上を確認した。もう残っていない。
「じゃあ視察に行ってくる」
「お待ちください」
呼び止められ、眉を寄せて振り返ったルシファーに、アスタロトは最もな助言をした。
「学校側に視察の申し入れがされていません。3日前には通達義務があるので、最短で3日ほどお待ちください」
「……分かった。代わりにリリスの3年間の活動記録を読む」
何やらおかしなことを始めた。妻のストーカーですか? そんな疑いをかけられたとも知らず、ルシファーは記録書や水晶が積まれた部屋へ、単独で突撃した。




