269.隔離ではなく、安全対策です
駆け付けた保育園で懐かしい保育士に会う。というか、人員が強化されただけで誰も欠けていなかった。園長のミュルミュールはもちろん、ガミジンもいる。彼は以前の城門の外にある保育園の園長を打診され、一度引き受けて若手に引き継いだらしい。十数年も経てば、彼らの立ち位置も大きく変化していた。
新人パパでおろおろしていた魔王は、慣れた手つきで近くの子どものおむつを替える。手が足りないなら、手伝うのは当然だ。魔族にとって一番重要なのは、幼子を守ることなのだから。当時は魔王降臨に震えたガミジンは、幼児専門部署のトップになった。おむつ替えの終わった子を部屋に解き放つ。
まさに「解放」という単語が似合う室内は、興奮した赤子同士が激突し、泣き喚き、噛みつく惨状が広がっていた。
「これは……日常なのか?」
「普通です。種族別に分ける意味はありませんし、全員一緒ですよ」
魔獣の子に噛まれたドラゴンは尻尾を取り返し、泣きながら空中に逃げる。それをふわふわと舞う精霊の子が慰めた。遊んで欲しかった魔獣の子は、もう噛まないから戻れと鼻を鳴らす。混乱した状況ながら、危険だと判断した時点で、若い保育士が間に入って仲裁を始めた。
管理はしっかりされているようだ。ほっとしたところで、リリスに預けられたイヴを探す。しかし見当たらず、首を傾げた。幼児は全員一緒ではないのだろうか。
「うちのイヴは」
「ああ、イヴちゃんですね。こちらです」
よく見れば、隣の部屋と小さな洞窟で繋がっていた。壁が異常に分厚くて、間を通れるように開けた穴にも厚みが出ている。這って移動する大きさの向こう側を、廊下経由で覗くと……我が子が隔離されていた。いや、正確には別の子もいる。
危険人物と見做される噛み癖の強い子や、魔法を暴発させる子がいた。ベルゼビュートの子ジルがいい例だ。魔力量が多過ぎて成長が遅く、まだ外見は2歳に届くかどうか。ジルは母親譲りの濃桃色の瞳を瞬かせ、突然炎を吹いた。その先に我が子が座っている。
「やぁ!」
怒った声を上げたイヴが手を振って払う仕草をすれば、無効化された炎の魔法が消失する。魔王ルシファーの魔法を無効化するくらいだから、ジルなど敵ではなかった。圧倒的な強さだ。
ゴルティーは空中を舞いながらお昼寝中、器用にも落ちる様子はない。ストラスとイポスの子マーリーンが、お人形片手にイヴと向き合っていた。右手に絵本、左手に人形を掴んだイヴは笑顔だ。やはり保育室より、保育園で多くの子と接することが大事なのだな。
保育園の入園は録画された水晶で確認しよう。そう思い背を向けた途端、後ろで大爆発が起きた。金髪に赤い瞳のマーリーンの作った液体が、ジルの吐いた炎で引火したらしい。透明の壁が張り巡らされた室内は、一瞬黒煙で中が見えなくなった。
「イヴっ!?」
「問題ありません、魔王陛下。このくらいほぼ毎日ですから」
からりと笑ったガミジンが、外に設置された魔法陣で換気を始める。煤を被っているが、全員元気そうだった。つまり、この部屋の子は「多少のことがあっても自力で助かる子」しかいない。魔族の力量さがある以上、仕方ないが……。
「隔離?」
「いえ。安全対策です」
単語を変えても、中身は同じなのでは? 眉を寄せるルシファーに気づいたイヴが「ぱっぱ!」と指さした。大喜びで両手を差し出し、抱っこするぞと示したものの……イヴに拒否された。勢いよく首を左右に振り、眩暈がしたのかふらついている。
「拒否された」
「リリス妃とそっくりですね」
そういえば、同じような拒否の仕方をされたっけ。過去の記憶を辿りながら、父親の切なさについてガミジンに愚痴る。肩を叩いて慰められる魔王が目撃され、しばらく噂に色を添えた。




