264.一日千秋ならぬ3年の現実
「本物のルシファー?!」
「幻じゃないわよね」
ふわりと浮かんだルキフェルが、中庭に現れた魔王一行に飛び掛かる。結界越しに受け止めてから、後を追ってきたベールや大公女達を見つめた。何だろう、特に変化はないと思うが。奇妙な感じがする。そこへ黒髪を結ったリリスが追いつき、腕の中で子どもが手を振った。
反射的に振り返して、気づく。黒髪はイヴか!!
「リリス、ただいま。なぜイヴがそんなに成長したんだ?」
魔族の子は、魔力量が大きければゆったり育つ。その原則を破ったのはリリスだが、イヴにも同じ特性が備わっていたのか? わずか数日で、こんなに成長するなんて。そんなニュアンスのセリフに、リリスは涙ぐんだ。
「あ、ごめん。悪い意味じゃなくて……その成長を見守りたかったというか」
いない間に大きくなったことがショックだっただけで、不満はない。無事に大きく育て、と願うのは親として当然だ。慌ててフォローするルシファーは、抱いて来たエルフの子を降ろした。足元でしっかり両手を繋いだリザードマンの兄弟は、きょろきょろと周囲を見回す。
ベルゼビュートもヤンや魔獣の子達を連れて、無事に帰還を果たした。魔力の大量放出による反発で弾き出されたところへ、事前に指定したリリスの魔力を座標に飛ぶ。
転移を自動的に行えるよう魔法陣を組んだため、魔力の放出後は何もしていなかった。同じ魔法陣をもらったベルゼビュートも同様で、アムドゥスキアスは不安だからと自分だけで転移する。ころんと足元に転がり出た翡翠竜に、妻レライエが抱き付いた。
「アドキスっ! もう!! 次に同じことしたら離婚だからね」
いきなり叱られて、おろおろし始める。走って来た獣姿のエリゴスを受け止め損ね、ベルゼビュートも地面に転がった。勢いを殺すことなく突進した彼……今は彼女か。エリゴスは顔中を舐めまわし、背中から滑り落ちたジルは自分で結界を張るほど成長していた。
「リリス、これは」
「お帰りなさいませ、陛下」
「おかえり、ルシファー」
ベールとルキフェルの挨拶に答える魔王は、遅れて来たアスタロトに首を傾げる。説明係の彼が黙って、じっくりとこちらを観察したためだ。何か変わったか?
翼も出していないし、魔力の消耗は多少あるが……大した問題じゃないと思う。普段から叱られ慣れた魔王は、まず自分を疑って確認した。
「お帰りなさい、ルシファー様。3年ぶりですね」
「……はぁ?」
いいとこ3日だろう。自分の中では1日程度の感覚しかない。素っ頓狂な声を出したルシファーに対し、アスタロトは珍しく説教を垂れなかった。いつもなら「魔王たるもの云々」と始まるところだ。
「リリス、アスタロトが壊れた」
「本当に3年経ったのよ。ルシファーは短く感じたのね」
どういう状況だ? 真剣に悩む魔王を援護するように、地面へ転がったベルゼビュートが首を横に振った。
「いえ、あたくしも1日くらいしか経ってませんわ」
「僕も! だから離婚なんて言わないでっ」
半泣きで鼻を啜りながら、レライエにしがみつく翡翠竜は、哀れな状態だ。真っ赤に充血した目から涙を零し、鼻を垂らし、小さな手で必死に妻の裾を掴んだ。あまりに可哀想な姿に、絆されたレライエが抱き上げる。
「これを使って」
「ああ、助かる」
感動のシーンに見えたのか、釣られて涙ぐむルーシアにハンカチを借り、レライエは夫の顔を乱暴に拭った。
「いひゃい、もげ、るぅ」
「もげてしまえ」
違う意味に聞こえた男性が一斉に目を逸らし、翡翠竜は右手で妻を掴み、左手で股間を隠した。そっちじゃない。誰もが気づいているが、ちょっと選んだ言葉が悪かったようだ。微妙な雰囲気が漂った。




