244.人魚の子は人魚か?
魅了された一部の魔族が砂浜を歩いていく。誘うように手を伸ばす人魚の胸に飛び込むと……ここで予想外の変化があった。人魚達が選んだ男に口付けると、彼女らの下半身が人の脚になる。見た目は普通の人族に近づいた。耳が水かきのような形だが、長い髪に隠れてほとんど目立たない。
「なるほど、こうやって異種族との交配が可能になるんだね」
メモを取りながら興味津々のルキフェルは、そのまま彼らの交尾まで観察しそうな勢いだ。まあ、今後のために経過観察も含めて必要なのだが、ルシファーは隣のリリスの目を手で隠した。イヴの目はリリスが覆っている。
「ぶぅ!」
暗いと文句を言うイヴだが、言い聞かされると諦めたらしい。大人しくなり、いつの間にか寝息を立て始めた。そんな愛娘と一緒に後ろを向いたリリスは、やはり背後が気になるらしい。振り向こうとして、またルシファーに止められた。
「繁殖方法はともかく、ちょっとした疑問なんだが」
ルシファーが隣のアスタロトに声をかける。結界のチェックや、こちら側に魅了された魔族が出ていないか調べていたアスタロトは、人数を数えてから振り返った。
「なんでしょう」
「生まれる子は、魔族のルールだと両親どちらかに分化しただろう? もし人魚じゃない子が産まれたら、海の中で育てられないと思うんだが」
海の底で、魔獣の子が産まれたら大惨事である。魔力の扱いがうまくない上、地上でなければ呼吸が出来ない。すぐに呼んでくれたら迎えに行くが、それも難しそうな気がした。生まれる前に対策を考えないと、溺死する子が大量発生する可能性が……。
出産場所が浜辺であると聞いているので、陸の種族の子を回収するシステムが必要だ。青ざめた二人があれこれ相談する横で、ルキフェルは首を傾げた。
「そういうの、今まではどうしてたんだろ」
「海の中で生活していたなら、海の生物の子しか産んでないはず。問題なかったんじゃないか?」
タコやイカの子を産んだとしても、海の中で溺れる心配は要らない。
「人魚の子って、人魚じゃないかしら」
「ん?」
思わぬ発言をしたリリスに首を傾げる。海の底にも魔の森は広がっているから、何か情報を持っているのかと期待したが、彼女の話は推論だった。
「知ってるわけじゃないの。ただ、ラミアはラミアしか産まないでしょう?」
下半身が蛇な時点で共通点が多そうな種族だが、蛇女族と人魚には大きな違いがある。
「ラミアの交配相手は、ラミアだぞ?」
若い個体が繁殖期に性転換するため、ラミアの父も母もラミアなのだ。人魚のように他種族との間に子を成すわけではない。指摘されたリリスが「そっかぁ」と残念そうに呟いた。いい着目点だったが、確証がないので仕方ない。
「人魚に聞いたら早いけど」
「今はやめておきなさい」
好奇心からルキフェルが呟くと、アスタロトは淡々と止めた。ここでうっかりルキフェルが魅了されて、人魚に子を宿した場合……幻獣霊王であるベールが怒り狂うだろう。まだ手を引く幼子の感覚でルキフェルを甘やかす男だ。幼子から種を搾り取るなど許さないと、攻撃する未来が確定だった。
「あ、不思議なことに余らないんだな」
全員が人魚に選ばれたのは不思議だ。人魚の数の方が少なかったのだが? 首を傾げたルシファーは、複数のオスを侍らせる人魚に気づいた。なるほど、余らせるくらいなら私がもらう……の精神らしい。繁殖期は数年に一度らしいが、ルキフェルの観察結果を踏まえ、今後の対策が必要だ。
野放しにするのは危険すぎる、人魚の習性だった。




