174.浜焼きが美味し過ぎた
あっさり巨大イカを発見してしまい、アスタロトは拍子抜けした。巨体を維持しているなら、それなりの魔力があるだろうと位置を特定して転移した。一番最初に遭遇した敵が、海王だったのだ。
「普段から善行を積んでいるので、運がいいのでしょうね」
誰が聞いても首を横に振る言葉を口にしたアスタロトは、魔力の網を構築する。考えるより早く手元で作り出された網で海王を絡め取った。
「うわっ、何をする。やめろ!」
「静かにしてください。丸焼きにしますよ」
八つ裂きでは一般的なので、ちょっと趣向を凝らしてみました。物騒なアスタロトの宣言に、ぴたりと動きが止まる。抵抗をやめたのではなく、意識を失っていた。怖くて失神したらしい。抵抗がないのをいいことに、連れて転移で戻る。
この程度の戦力で、なぜ陸の魔族にケンカを売ったのか。判断に苦しむのは、アスタロト達がまともな思考を持ち合わせているからだろう。海では強者が頂点に立たない状況が続き、王を軽んじる風潮が強すぎた。自分達の常識がよそに通用しないと考えもせず、いきなり攻撃に出たのだ。
まあ、辺境を守る魔王軍は彼らの想像を絶する強さで、あっという間に魔王や大公などの実力者が揃ったため、戦いになる前に終わったが。
「あ、アスタロト! 早かったな」
「すぐに見つかりましたので……ところで、ルシファー様は何を?」
「これは海の魔族ではないと聞いたので、浜焼きを試している」
じっくり炙られて香ばしい匂いを漂わせるのは、焚火の上の貝だった。魔力の網を平らにして、鉄板代わりに貝を並べている。海水を塩代わりに味付けし、ぶくぶくと煮えたぎっていた。貝の身はふっくらと美味しそうだ。
「いい香りですね」
「ああ、そのイカが海王か?」
「ええ、気絶しています」
網ごと砂浜に放り出したアスタロトへ、ルシファーが貝を取り分けて渡した。皿やフォークは収納から取り出した骨とう品だ。ぶるぶると震える海の住人達の目の前で、魔王軍は浜焼きした貝をじっくり味わった。
「これはうまい」
「実家に持ち帰ろうかな」
「焼くだけだろ? 海水は瓶に詰めたらいいな」
「俺も土産に捕まえてこよう」
駆け付けた精鋭達は、海に飛び込んでは貝を拾い上げる。近くにいる魚達に見せて、食べてもいいか確認するあたりは礼儀がしっかりしていた。だが、魚にしたら「次はお前を食うぞ」と宣言された気分で震えが止まらない。
この貝が食えないなら、代わりにお前を食ってやろうか。そんな副音声が聞こえる気がした。ドラゴン種が多かったので、話すたびに立派な牙が見えて恐ろしいが、実際は気のいい連中が多い。生の貝を制服のポケットに回収し始めた。
収納が使える仲間に、荷物運びを依頼する者もいる。沖に貝は少ないため、海岸近くは大騒ぎだった。この光景をアベルが見たなら「潮干狩り?」と呟いたかも知れない。
「リリスの分はすでに確保した。イヴはまだ早いよな」
離乳食が始まったばかりの我が子の名を呟く。と、拉致事件を思い出した。
「そうだ! イヴを拉致した方法って……」
「海王に尋ねてみましょう。ご安心ください、殺さぬようきっちり聞き出して見せますから」
イカの三枚おろしや一夜干しにされそうだが、情報だけ得られればいいか。可愛い愛娘に手を出した愚か者だし……ルシファーは3秒で海王の命を諦めた。アスタロトの邪魔をして恨まれるくらいなら、拉致犯を差し出す。迷う余地はなかった。
「任せる。にしても……海に強い生き物はいないのか」
「いますよ」
さらりとアスタロトが否定したことで、ルキフェルが瞬きして目を輝かせた。尋ねたルシファーは首を傾げ、沖を見つめる。どうやら魔力の強い存在を探しているらしい。
「何がいたの?」
「まだ見ていませんが、ここから大陸ひとつほど飛んだ海底に何かいますね」
巨大な魔力を持つ何か。そう聞いたら黙っていられない。
「僕、ちょっと捕まえてくる」
「待て! ルキフェル。行くなら後でベールと一緒にしろ。オレが叱られるだろ」
どこまでも保身に勤しむルシファーは、焼き上がった貝を頬張りながら部下を制止した。




