169.海からの報復か?
宴会は朝まで続き、大公女に付き添われてリリスとイヴは途中退場となった。一緒に部屋に戻ろうとしたルシファーだが、焼き手が足りず断念。魔族の民のために、タコや肉を焼き続けることとなった。
「寝不足だ」
朝日が目に沁みるとぼやく魔王だが、大公達は冷めた表情で一蹴した。
「数年は寝なくて平気と豪語した方のセリフとは思えませんね」
「陛下がそのような態度では示しが付きません。大量の書類を積んでみましょうか。目が覚めるでしょう」
過去の発言を引き合いに出したアスタロトの攻撃が刺さったところへ、ベールの爆弾が押し潰しに来た。青ざめたルシファーへ、ルキフェルが笑顔で追い討ちを掛ける。
「そうそう、イヴ姫誘拐の仕組みを考えてみたんだけど、推論から入るから聞いてくれる?」
がくりと項垂れたルシファーの肩を、ぽんと叩いたベルゼビュート。救いの手かと思いきや、彼女はいい笑顔で言い切った。
「私、今日から申請してた休暇ですので失礼しますわね」
衝撃に固まった魔王は、大公達によって執務室へ運ばれ、そのまま監禁されることになった。逃げようとするたびに捕まる。途中でリリスが挨拶に顔を出したが、イヴを連れて奥様会ならぬ、大公女との会議に出かけて行った。
「オレはちゃんと仕事したと思うぞ。ベールを助けたし、敵も倒した。なのに扱いがひどい」
ぼやきながらも、目の前の書類を片付けていく。この辺に生真面目さが滲んでいた。急ぎの申請書類から入り、許可待ちの事業に押印する。最後に要望書や報告書に目を通して、対策を余白に書き込んだ。やれば出来るのにサボるタイプの魔王は、ようやくここで解放される。
「お疲れ様でした。後はこちらの仕事なので、もうお帰りいただいて結構ですよ」
嬉しいはずの内容なのに、もう不要と言われてムッとしてしまう。だが我に返り、そそくさと自室へ逃げた。結界で扉を封鎖し、ベッドに倒れ込む。
これが戦いなら数ヶ月平気だし、緊急災害対策なら数年単位でこなしてみせる。だが、そこまでの緊急性が感じられない通常業務となれば、睡眠を優先したかった。愚痴りながら横たわり、目を閉じる。
数分後、結界で守った扉の横に新たな穴が開いた。いわゆる別の出入り口である。
「ルシファー様、起きてください」
「いやいやいや。その前に謝るべきだろ。オレの部屋だぞ? 来るなと結界張って寝てるのに、なんで乱入されてるんだ」
「寝起きでも意識がはっきりしていて助かります。襲撃です」
「何の?」
「嫌悪感満載の触手と、ぞっとするほど滑る軟体生物ですね」
海からの報復か? 先に手出ししたくせに、オレの睡眠を妨げるとはいい度胸だ。この際だから殲滅してやる。ムッとしたルシファーの思考は危険な方角へ向かった。誘導したアスタロトは、敬意を示して一礼する。
「いかがなさいますか、私に一任していただければ」
「オレが出向いて蹴散らす」
目が据わった魔王が吐き捨て、扉の隣に出来た新しい穴から廊下に出た。侍女長アデーレに呼ばれたドワーフの親方が「あちゃー」と額を押さえた。
「また壊したんかぁ……派手にやったもんだ」
ドア枠ごと破壊されており、結界を解除すると扉が倒れてくる状態だった。
「直すのにどのくらいかかるかしら」
金額は問題ないが、工事期間は確認しておきたい。アデーレの質問に、親方は首を横に振った。
「結界の解除が確認できてからだな」
すでにアスタロトを連れたルシファーの姿はない。アデーレは眉を寄せて、片手落ちの夫への不満を溜め息にして吐き出した。




