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薄桜記 3~馨~【けい】   作者: 綾乃 蕾夢


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2/9

鬼呼神社

 厳しい冬も終わりを告げて、最近では春の日差しが暖かさを増してきた。


 夕焼け空に、満開の桜が私を迎えてくれる。


 紅葉もみじと桜が同居しているみたいだけど、桜はやっぱり青空の下が綺麗だな。


 鬼呼神社の入口で、お使いの包みを胸にそんなことを思いながら鳥居を潜くぐると


「美朱ちゃん」


 落ち着いた優しい声。庭で散る花びらを竹箒たけぼうきで集めていた紫檀しだんさん。その優しい笑顔には、いつも癒されちゃう。


 横切る大きな桜の樹。


 その幹には、いつ見ても痛そうなヤケドのような跡。


「こんにちは紫檀しだんさん。おばあ様はおやしろかしら」

 あたしよりも3つ年上の彼は今年で20はたち。母の兄の子息しそくで、あたしとは従兄弟いとこになる。


「首を長くしてお待ちだよ」

 お社をのぞんだ横顔が、夕日に染まった。


 小さく深呼吸をしたあたしは、境内けいだいに続く朱色の回廊を通り抜けていく。

 お庭とは違った、空気の匂い。

 決して冷たい感じではないけど、りんとしているというか、身のひきしまる思いがする。


 ここからも見える大きな桜の木が、気まぐれに吹く空気の小さな息づかいにさえ花びらを散らしていた。


 今日来られて良かった。

 もし訪問が来週になっていたら、きっと花は散っていたわ。


「美朱です。ただいま参りました」

 風呂敷包みを脇に置いて、ひざと三つ指をついたあたしは深々と頭を下げた。


「今日呼んだ理由はわかっているね」

「はい」

 顔を上げたあたしの瞳に映るのは、宮司ぐうじの正装に白髪を1つにまとめた後ろ姿。

 ピンと真っ直ぐな背筋には、一部の隙も感じさせない強さを感じさせる。


 祓串はらえぐしを大きく振るうと、和紙でてきた紙垂しでがバサっと音を立てた。



 ✱✱✱


 ここ鬼呼神社の歴史は古く、建立こんりゅうからどのくらい経っているかは……まあ、そこそこ。


 境内けいだいから覗く景色は、遠くにともり始めた商店街の明かりが濃紺のうこんへと落ちていく空を寄せ付けまいとするかのように輝きを放って見える。


 あたしは大きく深呼吸をすると、強く握りしめた左手に右手を添えた。


 ささやくような風が頬に触れていく。


 白い着物に朱色のはかますそ。高く結った髪に葡萄色えびいろのリボンが揺れた。


今宵こよいは満月。

 心してかかれ」

 背中を押すおばあ様の声に身が引き締まる。

『はい』

 黒い着物に黒い袴。隣に並ぶ紫檀さんの声を聞きながら、あたし達はゆっくりと街に向かい歩みだした。

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