鬼呼神社
厳しい冬も終わりを告げて、最近では春の日差しが暖かさを増してきた。
夕焼け空に、満開の桜が私を迎えてくれる。
紅葉と桜が同居しているみたいだけど、桜はやっぱり青空の下が綺麗だな。
鬼呼神社の入口で、お使いの包みを胸にそんなことを思いながら鳥居を潜くぐると
「美朱ちゃん」
落ち着いた優しい声。庭で散る花びらを竹箒で集めていた紫檀さん。その優しい笑顔には、いつも癒されちゃう。
横切る大きな桜の樹。
その幹には、いつ見ても痛そうなヤケドのような跡。
「こんにちは紫檀さん。おばあ様はお社かしら」
あたしよりも3つ年上の彼は今年で20歳。母の兄の子息で、あたしとは従兄弟になる。
「首を長くしてお待ちだよ」
お社を臨んだ横顔が、夕日に染まった。
小さく深呼吸をしたあたしは、境内に続く朱色の回廊を通り抜けていく。
お庭とは違った、空気の匂い。
決して冷たい感じではないけど、凛としているというか、身のひきしまる思いがする。
ここからも見える大きな桜の木が、気まぐれに吹く空気の小さな息づかいにさえ花びらを散らしていた。
今日来られて良かった。
もし訪問が来週になっていたら、きっと花は散っていたわ。
「美朱です。ただいま参りました」
風呂敷包みを脇に置いて、ひざと三つ指をついたあたしは深々と頭を下げた。
「今日呼んだ理由はわかっているね」
「はい」
顔を上げたあたしの瞳に映るのは、宮司の正装に白髪を1つにまとめた後ろ姿。
ピンと真っ直ぐな背筋には、一部の隙も感じさせない強さを感じさせる。
祓串を大きく振るうと、和紙でてきた紙垂がバサっと音を立てた。
✱✱✱
ここ鬼呼神社の歴史は古く、建立からどのくらい経っているかは……まあ、そこそこ。
境内から覗く景色は、遠くに灯り始めた商店街の明かりが濃紺へと落ちていく空を寄せ付けまいとするかのように輝きを放って見える。
あたしは大きく深呼吸をすると、強く握りしめた左手に右手を添えた。
囁くような風が頬に触れていく。
白い着物に朱色の袴の裾。高く結った髪に葡萄色のリボンが揺れた。
「今宵は満月。
心してかかれ」
背中を押すおばあ様の声に身が引き締まる。
『はい』
黒い着物に黒い袴。隣に並ぶ紫檀さんの声を聞きながら、あたし達はゆっくりと街に向かい歩みだした。




