2話「記録の魔法」
「フィーネ、やっと降りてきた!
ほんとにグズなんだから!!」
私が屋根部屋から降りると、階段の前でニナが待ち構えていた。
「申し訳ございません。
ニナ様」
私は書類上はこの家の跡継ぎだけど、家での扱いは使用人同然。
ニナを呼び捨てにすることも許されていない。
「あなたの話し声が屋根部屋から聞こえてきたわ。
誰かと会話してたの?」
ニナに尋ねられ、内心どきりとした。
「いいえ、私一人です」
アレクさんごめんなさい。でも、本当のことは話せないんです。
彼をいないことにしてしまった罪悪感に、胸がズキズキと痛む。
「そうよね、あんたじゃ野良猫一匹養えないもんね。
あまりにも退屈すぎて、イマジナリーフレンドでも作っちゃったのかしら?
それともノミにでも話しかけてるのかしら?」
ニナが口に手を当ててケラケラと笑う。
私はスカートの裾をきゅっと握り、彼女の話題が別のことに移るのを待った。
反論しても酷い目にあうだけ。耐えるしかない。
「表情ひとつ変えないなんて、つまんない女ね!」
フン、と言ってニナが廊下を歩いていく。
どうやら気が済んだらしい。
私はニナの後をついて、彼女の部屋へと向かった。
八年前にニナに乗っ取られた部屋へ。
◇◇◇◇◇◇
「はぁ……やっと終わった」
ニナの部屋に行った私は、髪を梳かせば「下手くそ!」と物を投げつけられ、ドレス選びを手伝えば「センスがない!」と罵られ、ハンカチに刺繍をすれば「遅い!」と引っ叩かられた。
毎日のことだけど、やはり辛い日もある。
『おかえり、フィーネ。
また酷くいじめられたんだね』
アレクさんは私の頬に出来たあざを見て、悲しげに眉を下げた。
アレクさんが私の頬に伸ばした手は、私の体を通り過ぎていく。
それはいつものこと……。
寂しいけど仕方ない。
でもアレクさんの優しさは伝わってくる。
「大丈夫、いつものことだから」
『ごめんね。何もしてあげられなくて』
「ううん、アレクさんが話を聞いてくれるだけで救われているわ」
にこりと笑うと、アレクさんの表情が少しだけ和らいだ。
『ところでニナ、叔父さんの書斎や、ニナの部屋に忍ばせたガラス玉は回収してきたかい?』
「はい」
私がアレクさんに教わった魔法。
ガラス玉を媒介に、その部屋で起きたことを記録する。
『再生してみて』
「はい」
だけど、彼らはとりとめのない話をするだけで、なかなか証拠を記録できないのだ。
位置が悪くて記録できなかったり、かといって、わかりやすい場所に配置すると怪しまれるし、なかなか難しい。
アレクさんに教わったとおりに、ガラス玉に魔力を込める。
『このゴミクズ!
満足に髪も梳かせないの!
役立たず!!』
ニナが私に物を投げつけるところがしっかりと映っていた。
『やったね。
一つ目は成功だ』
「ええ! ついにやったわ!
もう一つはどうかしら?」
これで、ニナが私を虐待している証拠を抑えた。
だけど、それだけでは弱い。
彼らを追い出すには、叔父が悪事を働いている証拠を記録しなくては……!
私は叔父の部屋から回収したガラス玉に魔力を込めた。
『ワハハハ!
兄貴が死んでくれたお陰で、侯爵家の財産を好きなだけ使える!
フィーネなどに渡すものか!
この屋敷はわしのものだ!』
書斎で裏帳簿を片手に、黒い笑顔を浮かべる叔父様がバッチリ映っていた。
『こんなに綺麗に映っているなんて!
大成功だ!!』
「ええ!
これなら叔父様達を追い出せるわ!!」
思わず顔が綻んでしまう。
「叔父様達が、お父様が残した財産を無駄遣いするのを見ているのは、耐えられなかったの!」
彼らを追い出せるだけで、元気が出てきた。
「叔父と叔母様とニナを追い出して、私がこの家の後を継ぐわ!」
長かった! ここまで来るまで本当に長かったわ!
「私が女侯爵になったら、アレクさんの封印を解く方法を探る為に、沢山本を買うわ!
図書館にも行くし、学者も雇うつもりよ!」
私がにっこりと笑うと、アレクさんは嬉しそうに微笑んだ。
『僕のことは気にしなくていいのに』
「そんなわけにはいかないわ」
アレクさんを元の姿に戻したい。
彼の温もりを知りたい。
「待っててお父様、この家を伯父様達から守ってみせる!
だって私が本当の後継者なんですもの!」
私は勝利を確信し拳を握りしめた。




