9話
「・・・でも。」
レティがこちらを見る。その顔は今にも泣きだしそうだ。
「――俺が調べる。」
俺たちが今いる廊下も決して安全とは言い難いが、それでも操舵室よりはまだましだろう。
「ハーヴェル。俺に何かあったなら、ラズリーとレティを頼む。」
俺はハーヴェルをまっすぐ見て言う。
「あ、ああ。」
そう言って素直にうなずくハーヴェルを初めて見た気がした。
その返事を確かめてから、俺はもう一度操舵室の中に入る。
―変わった様子はないな?
見る限り、部屋の様子に変わったところはない。ハンドルにはガーランドの手形がそのまま残っていた。
「・・・手形?」
ここの部屋に来て、ガーランドのみがこのハンドルに触れている―
「ハーヴェル。気が付いたか?」
振り返ると、ハーヴェルは静かに、レティは食い入るようにして、こちらの様子を見ていた。
「—ああ。確かに、ガーランドはそのハンドルに触れていた。だがどうするつもりだ、イシュバーン。まさかそれに触ろうとでもいうのか?」
「そのまさかだ。」
「・・・正気か?それでお前までいなくなれば、どうするつもりだ?」
「まだそうなると決まったわけではない。だが、誰かが確かめる必要がある。」
確かに、これに触れることはリスクがある。だが、既に俺たちはジリ貧といってもよい状況である。ガーランドの行方を掴むことが、この船から脱出することに繋がりはしないか?
それにハーヴェルの魔法剣とは異なり、迅雷は攻撃範囲が極めて限定されるが、瞬間発動が可能である。敵が何か仕掛けてきた場合それを回避できる可能性が高いのは俺の方である。
そのように考えて、俺は問題の舵のハンドルに触れる。
―冷たい
ハンドルはひんやりとしていて、鉄の感触が伝わってくる。そして、そっと手を放す。
ハンドルには、ガーランドの手形の横に、ちょうど俺の手形が付いた。
「・・・」
現状、特に異常はない。
「―どうだ、イシュバーン。何か変わった様子は?」
ハーヴェルが落ち着かない様子でこちらに聞いてくる。
「今の所、特に問題はない。つまりは―」
「この後、ということか。」
「――ああ。今からそちらに向かう。」
そして、俺は操舵室の扉をくぐろうとして―
―すた。
特に何も異常はなく、操舵室の扉をくぐることができた。
「・・・何も異常はないな?」
俺は自分の手足を確認し、特に先ほどまでの自分と何も変わらないことを改めて確認する。
「良かったあぁぁ。」
レティが目に涙を浮かべる。
ハーヴェルを見れば、やはりハーヴェルにしては珍しく安堵の表情を浮かべている。
――しかし
ラズリーを見ると、相変わらず俯いたままであった。
「ラズリー、やはり体調が悪いのか?」
先ほどから明らかに様子がおかしい。
「―え?・・・だいじょうぶ・・・。」
目が虚ろである。
「ハーヴェル。少し先ほどの食堂で休憩しないか?」
さすがに、こんな状態のラズリーをこのまま船の探索に付き合わせるわけにはいかない。
「ああ。そうだな。状況の整理もしたい。」
「ハーヴェル、悪いが、今度はお前が先頭に立ってくれないか?」
そして、ハーヴェルを先頭に、レティ、俺は注意深くラズリーを気にしながら彼女と食堂まで行くことにした。
「・・・振り返ったら消えていたなんて、冗談はやめてよね?」
引き攣った笑みを浮かべて、レティは額の汗を拭う。
しかし、俺たちの身に何か起きるということもなく、そのまま食堂まで戻って来ることができた。
「はああ・・・。」
そう言ってレティが床にへたりこむ。
―喉が渇いたな?
俺は持って来ていた水袋を取り出すが、
―まずはラズリーに水を飲ませるべきだ
彼女であれば、魔法で自分の分の水を補給することができるはずだが、今はそんな余裕もなさそうに見える。
「ラズリー。水だ。」
俺はラズリーに水袋を手渡す。
「・・・ありがと。」
そう言うと、ラズリーはそれに口をつけ、こく、こくと喉を鳴らす。
―いいなあ
ふと船の軋む音に混じってそんな声が聞こえてきた。
「レティ、何か言ったか?」
確かに、ラズリーだけでなく、レティにも水を分けるべきだろう。
「え?ボク??」
すると、レティが少し驚いたように言う。
「——いや、何でもない。俺の聞き間違いのようだ。」
俺はラズリーから水袋を受け取り、
「レティも水を飲んでおくか?」
そう言って、俺は水袋をレティに手渡した。




