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第57話 追走劇



(……行ったか)


「さあ、あれだけ大見得を切ったんだ。

 どうにかしないわけにはいかない、よな……はぁ」


 我ながら無茶を言ったものだと、護は軽くため息をつきながら思う。


 誘導、足止め、そしてあるいは――撃破。

 それをたった一人で引き受けるなど、正気の沙汰ではないのだろう。


 とはいえ、やらないという選択肢は無い。


 ――守りたいと思った人がいた。街を頼むと、託された想いがあった。

 そして、それは自らの心を守るためでもあった。

 捨てきれていなかった過去への後悔でひどく疲れきっていた心に、これ以上"後悔"という重荷を背負わせないためだ。


 守らねばならぬもの、その全てを守りきるために、護は今一度己を奮い立たせる。




 まずは街から引き離す。そのためには注意を引く必要があるだろう。

 だが、さきほどの魔闘技は顎の下という完全な死角からの攻撃であったため、護の仕業だったと思わない可能性がある。

 ただ顔面を覆う炎を解き、視界を晴らしてしまっては、その怒りの矛先をより大きな標的であるファスターの街へと向けかねない。


 改めてその鼻面に一撃を叩き込み、単なる獲物ではなく"敵"として認識させる。

 護は断続的に揺れる大地に足を取られそうになりながら、未だ暴れ続けるドレイクへと駆け出した。


 何層もの圧縮結界で構築された無骨な右腕を固く握り締め、跳躍。

 そして遂に護はドレイクの目を塞ぐ影炎を解除する。


「『爆裂掌・影華』!!」


 先刻の奇襲でひとまず打撃、あるいは爆発系の魔闘技が通用する事が分かっていた。

 同一の存在がした事だと気付かせる事も兼ね、再びその魔闘技を、今度は右頬へと激しく叩き付ける。


「グッ……ゴ、アアアアアァッ!」


 重岩殻下等竜(ヘヴィロックシェルドレイク)は突如開けた視界と、その直後に襲い掛かった衝撃に、苦悶の声を漏らしながら堪らずたたらを踏んだ。

 その右頬からはパラパラと外殻の破片が剥がれ落ちている。


(顎下に比べて、かなり硬いっ……!)


 殴打の感触は思わしくない。


 効いていないわけではないのだ。

 その衝撃は確かに徹ったし、外殻を削ることも出来ている。

 ただ、それでも四足生物の常としてか、やはり腹側は比較的脆く、背側は硬くなっているのだろう。


 だが今はそれはいい、と護は思い直す。

 今優先すべきは注意を引いて街から引き離す事だ。


 ドレイクはゆっくりと(かぶり)を振りながら血走った目で辺りを睥睨する。


 ――そして見つけた。衝撃の走る直前、視界の端に捉えた黒い影、その正体を。


 目周辺を除き、未だ影炎は燃え続けていた。

 口腔にまで燃え広がった影炎に舌を焼かれ、息を吸うたびに喉を焼かれながら、ドレイクは激情にまみれた咆哮を放った。


「グル……ッルオアアアアアァァァァァァァッッッ!!」


 音の爆弾。

 そう表せるほどの大音声がはるか遠方にまで轟き、逃げ続け、疲れ果てた群集すら震え上がらせた。


 それを間近で受けた護はといえば、伊達に様々なサブカルチャーに手を出していたわけではなかったのか、某モンスターをハントするゲームをしてきた経験で挙動から咆哮をいち早く察知し、耳を塞ごうとしていた。


 まあ当然、全身を鎧う魔装に阻まれ、慌てて遮音結界を展開する事になったのだが。


「くぅ、あぶな……」

(……完全に怒り狂ってるな)


 冷や汗をかく護をよそに、ドレイクは目の前の怨敵を仕留めんと、ブレスのために大きく息を吸い込んだ。しかし――


「グ、ゲハァッ……ゴフッ」


 影炎はそれを許さない。

 吸い込む大気と共に喉を通り、肺を満たし、ブレスの源となる特殊な分泌液を焼き焦がす。

 ドレイクの魔力で満ちた体内ではそう長く保たれはしないが、炎の熱さもあってブレスを阻止するには十分であった。


 ブレスを封じられたドレイクに残された攻撃の手段は噛み付き、灰霧の領域、あるいはほぼした事は無いが踏み潰し、尾での一撃だろうか。

 範囲で言えばブレスの次に灰霧が広い――しかし、肺腑を焼く痛みが、矮小な生物に苦痛を与えられた怒りが、重く鈍重な体を前へ前へと衝き動し、止まる事を許さない。


 地響きを立てながら猛然と迫るドレイクに背を向け、護は東の林道へと駆け出した。

 命懸けの鬼ごっこの始まりだ――




「――はっ、はっ……っ! 『黒烈』!」


 小規模な黒の爆発が、獲物を捉え損ねたドレイクの横面を叩く。

 ダメージはほぼ無い。

 目眩まし程度の効果しかないそれは、挑発だ。


 護は付かず離れずの距離を保ちながら、時に顎の届く範囲に入っては咬撃を誘い、それを躱しての挑発を繰り返していた。


 場所は既に護が散らばる魔獣達を迎え撃った辺りを通り過ぎ、谷への入り口へと差し掛かっている。


(谷底に下ろせれば、あの重そうな体だ、簡単には街に行けなくなるはず……でも……)


 一つ、懸念があった。

 飛び降りるにしろ山道を駆け下りるにしろ、上下の移動中には今まで通りの速さで距離を取る事が出来ない。自らの後を追って飛び降りたドレイクに上から押し潰される危険性が高いのだ。

 ドレイクを先に落とすというのが最も手っ取り早い方法かもしれないが、さすがにその巨体を転ばせるのも吹き飛ばすのも難しい。

 谷底に誘導する、という目的がある以上、最早自ら飛び降りてもらうしかないのだ。


「はは……こりゃもう空でも飛ぶしかないかな……」


 悩んでる間に、もう崖は目の前。

 護は覚悟を決め、全力で加速。山道の入り口を通過。


 ――そしてその勢いを殺さぬまま、曲がりくねった山道の頂点より、護は跳んだ。高い所が苦手だった事も忘れて。




 急速に通り過ぎる大気の音を聞きながら、護は後方の崖上から猛追するドレイクが、躊躇いも無く飛び降りた事を感知した。

 当然その巨体は護の頭上より迫り、そのままでは着地から体勢を整える前に存分に重力で加速した超重量のボディプレスを受ける事になるだろう。

 そうなれば、いかに圧縮結界により構築された魔装であろうと破壊は免れない。


 だが当然、それを甘んじて受け入れられるわけもなく。


「こ、ここっこっ『黒踏烈靴(こくとうれっか)』ァ!」


 ドレイクの落下予測範囲より急速に遠ざかる黒い影、その足跡には黒い炎の残滓。


 護は飛んだ――否、空を駆けた。

 その速さは地上の走行時に比べても見劣りはしない。


(成功して良かった……!)


 ……ただ、その機動はどこか不安定で、前に進むことは進むのだが、まるで野球のナックルボールのようにふらふらとしている。


 『黒踏烈靴』は名前こそ違うものの、効果は『黒烈』とほぼ同じく、小規模な影火の爆発。違いといえば両足の裏から発動する事と、あえて爆発の反動を消さずに残す事。

 そして空を駆ける仕組みは単純、踏み込みの瞬間に足裏で反動を受けるだけだ。


 難しいのは反動の威力、重心、足裏の角度、姿勢など。……そして何より高い所が怖い。足場の代わりとなる爆発の反動が不安定な事も怖い。

 未経験な事ばかりの空中にあっては護も微調整のしづらいもので、初めて練習した時は、空中でつんのめって転んだり、縦横無尽に大回転しては地面に叩き付けられたりしていた。

 最終的になんとか前に進めるようにはなったものの、軽くトラウマにもなっていたのだ。


 兎にも角にも、護はドレイクの落下地点より逃れる事に成功した。

 ――直後、動く魔獣がいなくなり静けさを取り戻していたオークの森に、激震が走る。

 その身が空にあった護は難を逃れていたが、地に足をつけていれば襲撃を受けたファスターの住人のように、地面へと叩きつけられていただろう。


 ある程度距離が離れ、揺れの収まった地面に着地した護は、ゆっくりと巨体を起こすドレイクを警戒しながらこれからの方針を考えていた。


(足止めか、離脱か……それとも討伐?)


 既に街から引き離すという最優先の目的は果たされている。

 足止めをするなら、いっそまた視界を塞いでしまえば距離からして街に被害が出ることはまずない。

 更には体が常識外れに重く、滑空が精々の翼しかないドレイクでは、山々に囲まれ、切り立った崖に阻まれて谷底を脱出するにはかなりの時間を要するはず。離脱するにも悪くないタイミングではないか。


 ただ、何を隠そう護には救援がいつ来るのか分からない。

 近隣の村々であれば依頼で立ち寄る事もあったので知っているが、さすがに救援要請が向かう事は無いだろう。

 仮に向かったとしても満足な兵力を揃えることは出来ないだろうし、冒険者達は例え罰則(ペナルティ)を受けるとしても逃げ失せるだろう。命あっての物種だ。


 ファスターより伸びる街道をずっと南へと下った所に町があり、その更に先に行けば王都があると聞くが、果たして要請は届いているのか。

 準備から出撃、ここまで駆けつけるのにどれだけの時間が掛かるのか。


 半日以上掛かるのなら離脱など話にならないが、実際の所それは不可能ではないとはいえ距離的にかなり厳しく、また、派遣する騎士団の編成に若干の混乱が見られていた。





 伝令兵はその役割からして、当然騎馬を魔術で強化して速度や持久力を底上げし、使命を果たすまで走り続ける事も厭わない。

 結果として伝令自体は比較的早いうちから届いていた。


 ただし、それは救援要請ではなく、魔獣が流れてくる可能性があるため、警戒せよとの知らせであった。

 ファスターの南に位置する町『スィカーネクト』では、知らせを受けるなり流れてくるやもしれぬ魔獣に備えて防備を固め、馬を換えさせた伝令兵を万が一の時に備え、王都へと送り出した。


 スィカーネクトはファスターの四分の一にも満たない小さな町だ。

 万が一ファスターが陥落した時には、王都からの救援が来るまで耐えねばならない。ファスターに援軍を向かわせられる兵力の余裕は無い。


 とはいえ、ファスターは大きな街で、兵に加えて冒険者の数も多い。

 魔獣にあまり馴染みが無いとは言っても、まさかあの街が落ちるはずが無いだろうと、スィカーネクトの住民達は楽観視していたのだ。




 しかし、次第に雲行きは怪しさを見せていた。


 散発的に岩石系の魔獣が姿を見せるものの、町に興味を寄せる事もなく、何かに追われるようにあちらこちらへと散り散りになっていく。

 いや、そこまではいい。

 あるいは撃退に成功し、潰走する魔獣が向かってきたのかもしれないと、流れてきた魔獣を迷惑に感じながらも胸を撫で下ろそうとした兵達はしかし、妙な光景を目にする事となった。


 魔獣が姿を見せなくなってからしばらくの事だ。

 ちらほらと遠目に見える影。その数は徐々に増え続け、すわ魔獣の群れかと警戒を新たにしたものの、近付くにつれ判明したその正体に訝しむ。


 それは人、人、人。

 血の気を失いながらも必死に歩を進める人族が、まばらに街道の先から連なっていた。その数は通り過ぎた魔獣などよりもよほど多い。


 魔獣を追ってきたにしては彼らの形相はおかしい。

 それも武装した兵士ではなく、着の身着のままで飛び出した民間人、といった風体だ。

 まさかファスターが落ちたのか。だがそれにしては魔獣達の挙動もおかしい、と。

 そのいくつかの疑問の答えは、迫り寄る人々の合間を縫って駆ける、一騎の兵士によって知らされる事となった。


 その者はファスターの領主に遣わされた伝令で、門の内へと転がり込んでくるなり、


「災害級の個体と思わしき超大型のドレイクが現れた。すぐにでも王都へ知らせなければならない、換えの馬を用意してくれ」


 と、休む時間も惜しいと言わんばかりにすぐさま代わりの馬に跨り、王都へ続く街道を駆け抜けて行った。

 その後のスィカーネクトの混乱ぶりは、言うまでもないだろう。




 ――所変わって王都。

 上空から見れば正六角形となる王都センマーリロは、深い水堀と四重の城壁に囲まれた広大な城郭都市で、スィカーネクトの南南西にある。


 半刻ほど前に王都へと駆け込んだ伝令兵の言では、魔獣の群れの規模は少なくとも二百以上、最後に見た時はファスターの街を包み込むように大きく広がっており、数え切れぬほどだったと言う。

 "魔獣"の群れ、という点は憂慮されたものの、戦力的に見ればファスターの者達で十分に対処できるものと考えられた。


 とはいえ、万が一の時に備えて事態は把握しておかねばならない。

 一個大隊、およそ千人程の騎士達を待機させ、王都の北側に面する門の外から、事態の調査を兼ねた先遣部隊が出発しようとしていた。


 そこへ息を荒げながらも駆け込んできた伝令兵によって齎された一報。

 "災害個体の襲来"




 ――災害個体

 それをこの時代に直接知る者は、世界全体で見ても極僅かだ。

 しかし、その恐ろしさはいくつもの御伽噺となって今も語り継がれている。


 幾人もの民や兵を殺し、喰らい、その全身は常に獲物の血で真っ赤に染まっていたと云われる狼の災害個体"虐殺の狂い紅"


 目に映るものは同族ですら叩き潰し、その一撃は堅牢な城壁すら崩落させたと云われるオークの災害個体"狂乱の破城王"


 元は陸に上がる生物では無いにもかかわらず、港町をまるまる一つ餌場にしてしまったと云われるシーワームの災害個体"港喰らい"


 その身は常に燃え盛る炎の鱗に包まれ、吐き出す吐息は幾つもの町を炎の海に沈め、上位種である赤竜の鱗でさえ焼き尽くしたと云われる赤炎走竜の災害個体"焼滅獄炎の赤亜竜王"


 そのどれもが最後には冒険者や勇敢なる者の手によって討たれたとされているが、それに到るまでに幾千、幾万の犠牲者が出たとも云われている。




 そんな災害個体が出たと知らされても、にわかには信じがたい。

 報告を受けた将軍達も半信半疑で、兵の中には何かの冗談だと思って笑い飛ばす者すらいたくらいだ。

 その認識を変化させられたのは、都会的な街並みが橙色に染まり、日の沈み行く頃。


『――ォァァァ――……』


 それはあるいは全く無関係な、王都付近の森に棲む獣のものだったかもしれない。

 あるいはやや遠方に位置する山脈に巣食う魔獣のものだったかもしれない"ナニか"の雄叫びが、どこかから聞こえ、通り過ぎていった。


 それを聞いた途端の事。

 獰猛な魔獣を前にしても脅える事無く突撃するように訓練された騎馬達が突如嘶き、暴れだす。

 騎士達によってすぐに鎮められたが、確かにそこには脅えが見て取れた。

 ただ、その脅えは馬達だけのものではない。

 王都に住む者達や、騎士達ですらもその雄叫びに得体の知れぬ不安を掻き立てられていた。


 それが後押しになったのか定かではないが、王は精鋭たる王国の守護者、地竜騎士団と天竜騎士団、その半数を派遣する事を決定した。




 ――だが、それも護からすれば知る由もない話。




 いつ救援が来るのか、そもそも実際に来るのかさえ分からないのでは、街の安全を確保できない。

 離脱という選択肢を選ぶには状況が不確か過ぎた。

 ならばどうする。


 足止めか、それとも――




ようやく戦闘始まった……ようで始まってない!


王都の名前は絶対に逆読みしてはいけません。ええ絶対に。

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