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Act .1 神は愚者しか愛さない04

 部屋は淡い青色の光りに満ちて、まるで透明度の高い水中にいるかのようだった。立ち並ぶ、硝子の柱のようなシリンダーの中で培養液がこぽこぽと音をたて、気泡が上へ上へと昇って行く。

女はひらりと白衣を翻し、No.08と表示されたシリンダーに近寄った。白い指が硝子軽くなぞる。中にいるのはまだ幼児と言える程の女の子だった。順調に育っていることを確認すると女は優しく微笑み、中にいる子供に語りかけた。

“無事に育って”

“もうすぐ出れるわ”

“一緒に遊びましょう”

“色んな事を教えてあげるわ”

成長記録を録りながら女は語りかけ、反応を見る。

機器に僅かに変調を見て女は満足そうな笑みを浮かべた。成長の記録録りと話し掛けるのは彼女の仕事だ。子供に声を掛けると掛けないとではその後の成長が大きく違う為に始めたのだが、今ではこれが楽しくて仕方なく、自然と笑みが零れる。シリンダーの中の子は夢を見ているのか、とても穏やかな表情で培養液の中で漂っていた。

突然、ドンッと足元に衝撃を感じ、驚いて何かと女は下を向く。足に抱き着いていた少年を見て、女はくすぐったいように微笑んだ。見上げてくる少年の蜘蛛の糸を思わす細い金の髪を撫で、どうしたのかと尋ねると、少年はふるふると首を振る。同時に少年の腰まである長い髪がさらさらと揺れた。


「男の子なのに髪の毛長いのはちょっと変よね。切ってあげましょうか?」

「変なんですか?」

「ん〜。」


怖ず怖ずと尋ねてくる少年に困って、少し考える。


「似合ってるけど、女の子みたいでしょ?No.01は男の子なのに女の子に間違われて嫌じゃないですか?」

「そうか!女の人は長い髪が多いですね。」


女の子に間違われる理由を見つけてNo.01は嬉しそうに元気良く笑った。

まだ、三歳ぐらいの成長だというのに賢い子だ。

青い瞳をキラキラさせながら、今度はNo.08のシリンダーの周りを少し危なっかしくパタパタ走り回る。走ると少年の着ている白いポンチョのような服がひらりと舞った。無邪気にはしゃぐ様子はまるで一般の子供達となんら変わりない。眼を光らせ、ここぞとばかりに叱り付ける年配の厳しい研究員が今はいない為、少年はいっそう無邪気に駆けていた。


「じゃあ、この子は長い髪がいいですね!」

「ふふっ…、そうですね。はいっ!行きましょう。」


手を差し出すと嬉しそうに少年は飛び付いた。この子が被検体だということは良く理解しているが、どうか幸せに成ってほしいと思う。軍の思惑にも研究者の好奇の的にもならず生きていけたらいい。もし、それが遥か遠い願いだとしても、今あるこの幸せを感じて欲しい。女は切なくなるほど強い思いで少年を抱きしめた。


「大丈夫…。私があなた達をいつかきっと自由にしてあげる。」


女の口から紡がれたその言葉は祈りにも似ていて、僅かに声が震えていた。






 


 


 


 


「あの、中尉、俺は別に国家の代表と話をする訳じゃないですよね?」


部屋に入ったところで、王はここまで案内してくれた中尉を振り返って聞いた。


「ええ、あなたが会うのは将軍では無く。アビエル・キールという研究者です。」

「なら、この警護は何か有るんですか?国家の重鎮に対する扱いにも思えるのですが…?」


部屋の壁に並ぶ兵を見渡しながら王は現状に戸惑い見せる。同じアカデミー出身と言う事で、気楽に昔話を交えながら研究を伺おうと考えていたが、実際はとてもそんな軽い空気じゃなかった。

並ぶ兵は厳重警戒中と今にも顔に文字が浮かんでくるんじゃないかと思うほど、真剣で重々しいオーラを放っていて、正直ところ非常に怖い。


「念には念をとの事ですのでお気になさらず。どうぞお掛け下さい。」


中尉はそう言って自分も壁際に控えた。だが、お気になさらずと言われても気になるものだ。

王はとって食われやしないかと、恐る恐る椅子に腰掛ける。静かに茶が出されたが、前からも後ろからも厳つい視線が突き刺さりとてもじゃないが、休まるどころじゃない。

もういても立ってもいられなくなって来た頃、扉のスライドする音が聞こえ、王は素早く立ち上がった。アビエル・キールは堂々と4人の兵を従え入室する。


「すまない、お待たせした。」


苦笑するアビエルを見た時、王はその予想を裏切る様子に驚いた。厄介な奴という印象だった。“無名の天才”と言われるまでに他人からの注目を嫌っていたアビエル・キールが、いかにも権力者である風に尊大な態度をとっている。

学生時代と同じというわけがないのはわかっていたが、あまりの変貌ぶりに王の中に違和感が渦巻く。落胆したといえなくもなかった。昔はもっと気さくで明るい男で、少し痩せていたがもっと精悍な顔付きをしていた。出来る男だったがそれを驕る様子もなく、王は一二度言葉を交わしたぐらいたが、話していて気分のいい奴だった。

今の変わり様はどうだろう。


「今回は…」


話しながら近づいて来たアビエルは怪我でもしているのか、足を多少引きずっていた。職業柄か自然と目がいく。危ないなと思っていた矢先バランスを崩し、王は慌てて手を差し出した。


「おっと。」

(逃がしてくれ…)


ほんの一瞬寄り掛かった時に耳を掠めるように囁かれた言葉に驚き、王は目を見開いた。困惑したままアビエルを見るが、彼の表情に何の代わりもない。しゃんと立ちながら、神経質そうに衣服のを乱れを正していた。


「失礼、疲れていて…。改めてよろしく。アビエル・C・キールだ。」

「王・玲志です。」


差し出された手を握り返し、王は促されるままに席に座る。とんでもない所に来てしまったと後悔してももう遅いのだろう。


「ただの王・玲志ね。」

「ええ、身分はありません。」

「で。何について話せばいいんだ?」


別段何ともないように話を切り出す天才に王はどうとでもなれと、少し投げやりな気分で何事もなかったかのように質問を切り出すことにした。

5分程の間受け答えした所でここまでだと、アビエル本人から止められた。振り返りはしなかったから確かではないが、視線の動きを見れば自分の背後に立つ人物から何か指示されたのが分かる。


「短い時間しか取れなくて申し訳ない。」


そう言いながら立ち上がるアビエルを見送る為に王も立ち上がり、首を横に降った。だいぶ待たされた時点で予想内だった、身分のない自分に面会の時間が与えられたことの方が王にとっては驚きなぐらいだった。


「いいえ、大変参考になりました。ありがとうございます。」


社交辞令のようなものだ。実際、5分の会話で何かの参考になるような事は話せていなかった。相手もそれを分かっているので、王の言葉に苦笑する。


「また、話せるといいな。」


そういい残すとアビエル・キールはあっさりと室内から出ていった。最後の一言だけが、昔の砕けた口調で、王は不思議な感覚のまま見送った。


「王先生、あなたも退室しなさい。」

「ああ、すみません。中尉。」


自室に戻りながらも王は考え込んでいた。


「助けてくれ…ねェ。」


王は上着のポケットに手を突っ込む。カサリッ…と音を立てたものを握った。

――改めてよろしく。

その言葉が脳裏を過ぎる。差し出された手を握り返した時、王はこの紙を掴まされた。無視することも出来ただろう。勿論、自分にとってはそのほうが良かったのだろう。

レベル3の施設内。散々歩き慣れた道を無意識に進みながら自室に入り。王は小さく折られた紙を開いた。


「“三日後、第二研究所、エリアB−2。18時。”……、馬鹿馬鹿しい」


灰皿に紙を入れ火を付けた。第一、あんなに優遇されている人間が逃げ出したい等おこがましいにも程があるというものだ。

少し考え、王は深刻な表情のまま沈黙する。その通りなのだ…。逃げ出したいなどと考えない。もし王がアビエルの立場だったら国を出ずに有意義にここで暮らす。金もあり、地位もあり名誉もある。何一つ不快に思うことはない。そもそも、ここから逃げたいなら軍を止めて国を出ればいいだけなのだ。


(地位も名誉も捨ててここを出たいと思うような事が起きてるということか?“逃がしてくれ”ということは逃げられないのか?あの警備が外からのものを退けるためじゃなく、中のものを逃がさないためのものだったら…)


王は通信機に手を延ばした。


「はい」

「鏡也?俺だ。なぁ、いったいどういう事なんだ?紹介されてアビエル・キールには会えたが…、何だか様子が…、取りあえず尋常じゃない」

「王か…?」

「えっ?ああ…」


鏡也は心底安心したようにため息をついた。そしてその後、沈黙が続いた。何がどうなっているのか、事情が全くわからない。言葉を選ぼうとしているのか、時折唸り声が聞こえる。迷っているのかもしれないと黙っていたが、痺れを切らし王は声をかけた。


「なあ、…」

「まあまあ、お互い研究はもういいじゃん。余計な事すんなよ。忙しいんだろ?」

「突然どうしたんだ?」


“余計な事すんなよ”

その言葉が耳に残った。


「俺は昔から仕事には熱心だが、研究は苦手なんだ」

「そんなわけないだろ。」

「そうなんだって。じゃ、俺呼び出しかかってるから!」

「切るな、待て!何かあったのか?」

「…なにもないぞ。言える訳ないじゃないか。上官の尻ぬぐいなんて。」

「もう十分言ってる」


王は笑いを滲ませて言う。しかし、それは表面上だけだった。その瞳は剣呑な光を宿したまま、今は言葉一つだって聞き逃さないように一心に耳を傾ける。内容はありえる内容だがところどころ何か様子が違う。

上官と言ったが、鏡也は軍の制度に不信感を持っている奴だ。普段そんな呼び方はしない。それに上官とあやふやにしているが、いつもフォローしている上官の陣・水軌は午前中はいないのだ。


「みなまでは言ってないからセーフだ!」

「はは、頑張れよ。どうにかなるんだろ?」

「今のところはどうにかな。そっち用は済んだんだろ?これ以上は手が回らないから早く来いよ。きっとこき使われるから、覚悟しとけ」


「良く分かったよ」と言って。王は通信を切った。

“言えるわけない”

“今のところはどうにか”

“早く来い”

“覚悟しとけ”

聞いた単語を反芻して王は頭を抱えた。ちゃんと言わないのは、軍の通信機の会話は全て記録されるからだろう。相変わらず小知恵が回る。


(確実に何かあったな…)


陰鬱な思いをため息と一緒に吐き出して王は部屋を出た。



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