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Act .1 神は愚者しか愛さない03

「“人々はその叡智と引き換えに次々と開放の翼を失う”」








初老の神父の口から朗々と紡がれる言葉は教会の中を響き渡り、その場にいる人々に染み渡っていった。

翌日、リザヤ教のミサにふらりと立ち寄った王・玲志(オウ・レイジ)はお布施の箱にチャランと硬貨を入れると扉の横の壁に背をつけ、ただその様子を眺めていた。荘厳優美とは程遠い質素な教会。機械的な町並みと似合わずにいつまでもあり続けるさまは、その土地に住む人々の古臭い思いを表しているかのようだった。

“もしもその代償に…と王は神父とあわせるように口ずさむ。歌うように囁かれるのは聖書のカーラの一説。その内容は人間の不幸の起源を説明しているものだった。


「“もしもその代償にあなたを永遠に失うというのなら、私は地を苦しみの海へと変えるだろう。人の輪廻は永劫の契り。悪しき心の止むこともなく。正しく…」


王は続きを想い口を噤む。


「“この世は地獄だ”」

(神に仕える者の口から切々と恨み事が紡がれるとは、まったく、何というか…)


王は教会を出て歩き出す。

ふと天を仰ぐがそこにあったのは一面の青空ではなく、所々配線の剥き出しになった天上だった。この国に来てもう五年になるがこの国の構造には未だ慣れない。

この国ルザライトは遠い昔、当時唯一の取り柄といっても良い建造技術を利用し、小さな国土をドームで覆う事で最終戦争の混乱を逃れた。それはこの国にとって幸運とも呼べたが、浮かび上がった問題はやはり多かった。増加する人口、食料の不足。この国の人々はその解決に地中深く掘り進み、都市を建造する手段をとった。


レベル4、レベル3、レベル2、レベル1…

王は昇降機に乗り込み上昇するにつれて変るモニターを見る。

レベル0と表示されると同時に出入り口横のパネルが光った。

王はそこに近づき、溝に認証カード通してから昇降機を降りる。

その間に一緒に乗っていた何人かは何もせずに昇降機を降りていった。

彼らは体内にチップを埋め込んでいて、入り口脇の機械が勝手に彼らの認証を済ますのでカードは無しで済ませられる。最近では殆んどの者がチップを埋め込むようになったので、生まれたての赤ん坊にチップを埋め込む親も少なくない。王も便利だとは思うが体の中に金属の塊を埋めるのには非常に抵抗があるため、例え時代遅れと言われ様といつまでもカードを使う気だ。


「玲志ー!おい、どっち向いてんだ!こっちだ!!」


王は人波の中から鏡也の声がし、その主を探す。だが声がした方見てもを人が壁になって見えない。

 

「しょうがねぇな」


面倒臭そうな声が聞こえ暫くすると王は腕を引かれた。


「早くしないと式典始まんぞ」

「予想以上の人だな。コレじゃ開場は入れないんじゃないか?」

「軍の人間は強制参加だよ。じゃなかったらこねぇっつうの。俺達はあっちだ」

 

鏡也は開場の入り口をさす。一般人用のゲートとは違い混雑はしていなくありがたい。





















ダンッ!!という盛大な音をたてて、鏡也は机を叩いて立ち上がり頭を掻き毟った。


「くそっ、何度も何度もイライラする。第ニ研究所の奴ら、ちょっとした祭みたいに騒いでやがる。多大な報奨金を貰ったそうだ。羨ましいね!天才は!」

「うるさい…」


彼のイライラの原因は今朝の式典だった。

数日前あった弐軍所属の研究者の研究発表。その表彰式が今朝執り行われたのだが、研究内容を聞いて専門家でもない王ですらあまりの格の違いを知って愕然とした。遺伝子の構造の解明を専門に研究していたアビエル・C・キールの発表を聞く限り、現存する不治の病という物の十数種類は簡単に解明できるだろう。しかもそれが研究の副産物というのだから理解できない。


「俺は騒ぐ気持ちは分かる」


不機嫌そうに端末で軍のニュースを見ていた鏡也はカツカツカツと指で机を鳴らしながら王・玲志を睨んだ。軍部はともかく、研究部ではひっきりなしにアビエル・キールの話を聞く。好い加減聞き飽きた、ノイローゼになると眉間にシワを寄せる友人の言い分も分かるが、後半は完全にひがみで、ただ単に馬鹿らしいだけだ。

王は画面から完璧に顔を上げ、明らかに呆れ返ったという表情を作る。悔しいなら、自分だってやってやるというぐらいの態度をとればいい。ルザライトは完全な実力社会だから、それなりに制約はあるものの能力さえあればいくらだって認められるのだ。大袈裟な話しだが、その気になれば生まれなんか関係なしに国のトップにだってなれる。

王は画面を切り替え、アビエル・キールのニュースを検索した。ヒットする情報の数にその騒がれようがよく理解できる。


「決定じゃないが…、そのうち身分も(フェイ)に上がるらしい。…これはすごいな。」

「…はっ!お前までそんな事言うのかよ。」

「純粋に医者として彼の研究には興味があるんだよ。」

「ごりっぱ、ごりっぱ。だが、真面目なだけじゃ誰も褒めてはくれないぞ。世の中は厳しい!特に半端もんの俺達のような奴らにはな。」


全て放棄したような台詞だが、それには王は反論出来なかった。

ここにいる鏡也も王も軍の内部で仕事をしているが、正確には軍属ではない。あくまでも軍が技術向上の為に迎えている客分という体裁をとっている。従って、王はフルネームを名乗る時、“王・C・玲志”とは名乗れない。軍人なら無条件で与えられる(クラン)の身分すらないのだ。それが意味するのは、軍に拘束される事はないが、これ以上は望めないということ。


「まぁ、仕方ないな。当然といえば当然だろ?いくら実力主義といっても、軍に忠誠を誓わない人間に忠誠を誓った人間以上の地位が与えられれば、ここのシステムが崩壊する。地位が欲しけりゃ誓えばいいって事だ。」

「誓うか?忌ま忌ましいが、玲志なら(フェイ)ぐらいにはなれるだろうよ。」

「死んでも誓わない。」


王の台詞を聞いて、鏡也はケラケラと心底面白そうに笑う。


「あんただって軍に思うところが有るからわざわざ“線無し”のままいるんだろ?」

「当然、“線無し”と呼ばれるのは名誉だと俺は思ってる!」


本来、腕章には軍の紋章と上下ぐるりと太い線が入る。線が入っていない腕章は正式に軍属ではない者達だけだ。白衣の左腕にしている線のない腕章を叩きながら、誇らしげに笑う友人は誰よりも強い。王はそう思う。


王はルザライトで生まれた。

しかし、小さい頃両親と共に国外に移住し、アカデミーのソレイユ卒業後、軍の誘いを受けたからルザライトに戻って来た。だから、軍に誓いを立てなかろうと、育った国への想いもあるのだろうと周りは納得し、それほど批難は受けない。だが、鏡也はこの国で生まれ育った。祖国に忠誠を誓わないとはどういう事だと、周囲からの風当たりはかなり強い。


「外国人で(クラン)脱出はアビエルが初めてか?あいつも苦労するだろうな。あんだけ注目されるの嫌ってたし。」

「いや、だーいぶ昔にフィフス・ダーナだかバクラウワだかがもっと上の地位を賜ったって聞いた。勿体ない事に断ったそうだが………って、知り合い!?」

「知ってるって程度だ。ソレイユで一年だけ同級生だったけど、専門が違うしな。」

「へ〜…。なぁ、会いに行ってみれば?研究、実はめっさ気になってるだろ?」

「気になってはいるけど…」


流石に突然会いに行くのは躊躇われる。アカデミーで同級生だったからといっても、アビエル・キールが有名人だから自分は存在を知っていただけで、相手が自分を知っているとは限らない。

王が頭を悩ましていると、鏡也が手を打った。


「じゃあ、軍部にいる知り合いに取り計らって貰うよう頼むか?お互いの向上になるかもしれないっつっとけば、紹介してくれるだろ?」

「まぁなぁ〜。」


生返事をしながら王は煙草を手に取り火を付けた。ゆっくりと昇っていく紫煙を眺める。


「ただ単純に“無名の天才”様と話をしてみたいってのもあるんだが…」


王は独り言のように呟いた。

それを聞いて早速、膳は急げとばかりに鏡也は何処だかに連絡を取る。


「お前…そんなに行動派だったか?」

「ま、気にするな。いつか俺がどこかの先生のせいで路頭に迷ったら、助けてくれればいいから」


その可能性を否定しきれないところが痛いと王は思った。


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