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異界古書店『お伽堂』の異常な日常  作者: ながる
3章 禍福は糾える縄の如し

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第19話 七夕

 テディを引き取りに行った帰り、園庭で浴衣を着た子供たちがはしゃいでいた。


「お祭りですか?」


 屋台を探してオマエの視線がさ迷っている。

 俺は建物の傍にある笹を指差した。


「七夕じゃないか。短冊に願い事を書いたり、飾りを作ったりするから」

「なるほど?」


 たくさんの飾りのついた笹をじっと見つめる様子に、一応釘を刺す。


「子供たちの願い事を食うようなことはするなよ?」

「しませんよ。砂糖を一粒ずつ舐めるような真似……」


 基準はそこ?


「北の方では、ろうそくやお菓子をもらい歩くハロウィンみたいな風習があるみたいですね。そうすると、いろんなものが混じったりもするので面白いんですけどねぇ」

「そうなんだ。じゃあ、ハロウィンなんかは入れ食いだったり?」

「そうなんですよ」


 ぺろりと唇を舐める様子に、冗談が冗談じゃないことに乾いた笑いが出る。


「お盆は先祖が帰ってくるというので、見分けがつかなくて気を使うんですけど、ハロウィンはそういうことがないので。楽しみですね」


 楽しみ方が違うような気がしないでもない。


「……オマエは吸血鬼とか似合いそうだな」

「ハザマさんはちょっとぼぅっとしてるので、フランケンですかね」


 こっちの文化にちょいちょい詳しいの、なんなの!?

 言っても、この町じゃ渋谷みたいに大々的に人が集まるわけでもないんだろうけど。




 『お伽堂』に寄って、テディをカウンターへと座らせる。

 店主が「ごくろうさん」と声を掛けると、テディはぐいっと伸びをした。


「手伝いますか?」

「いや。今日はいい。明日余裕があったら片付けを手伝ってほしいところだが」

「片付け?」


 言っている間に棚の奥で何かが崩れた音がした。

 店主はそちらを見やって小さく肩をすくめている。


「今日は七がふたつも揃ってやがる。(はざま)さんにはちと荷が重いだろう」

「猫の手は要りますか?」


 オマエがにっこり笑って言う。

 猫というよりは、ハイエナの方が近そうだなとなんとなく思う。


「今はいらん。夜にでもまた来てくれ」


 追い払うように手を振りながらすげなく言って、店主は奥の棚へと向かって行った。

 オマエはさっきの店主のように肩をすくめてみせる。

 店を出て歩き出したところで、思い出したというようにこちらを振り返った。


「ちょっとお散歩しませんか。河川敷を歩いて、駅前の商店街も覗いてきましょう」

「何か欲しいものでもあるのか?」


 オマエは基本お金を持っていない。神社に収めた初穂料は、店主が持たせたものだろう。コンビニでビールを買うときに物欲しそうな顔をするくらいで、直接的に何かをせびられたこともないのだけれど、ひとりでふらふらしていることが多いオマエが俺を誘うのも珍しい。俺の行くところになんとなくついてくることは、よくあることなのだが。


「そういうわけでは。でも、季節の行事なら、商店街でも何か飾り付けしてるんじゃないかと思いまして」

「ああ……ありそうだな」


 どうせ暇だしと、誘いに乗る。ついでに酒のつまみを買って帰るのもいいと思った。

 特に話すでもなく、黙って川のせせらぎを聴きながら歩いていく。

 やがて大きな木が見えてきた。

 そういえば、前にオマエが見上げてたっけ。

 そう思っていたら、オマエは木の下で足を止めてやっぱりその木を見上げた。

 何かあるのかと同じように見上げてみるけれど、木漏れ日がちらちらとするばかりで、何の変哲もない。鳥の巣があるようでもなかった。


「でかいよな」


 オマエはこちらを向いて、薄く笑う。


「それだけですか」

「他に何が!?」

「いえ、べつに」


 そうして方向転換すると、幹線道路の方へと上がっていく。

 そんな意味深に言われたら、気になるでしょ!?


「何かある、のか? 前も見てたよな?」

「ああ、そうでしたね。どうでしょう? 七夕の飾りのようなもの、でしょうかね」

「ゴミでも引っかかってたか?」


 オマエは、ふふ、と笑っただけだった。




 駅前の商店街はそこそこ賑わっていた。親子連れと学生、それでも都会のスクランブル交差点のように人にぶつかる心配などない。

 中心部には大きな笹が立てられていて、テーブルに色とりどりの短冊とペンが置いてある。笹には様々な願い事が揺れていた。

 オマエは笹の周りをぐるりと回って、ある短冊をしげしげと眺めていた。


『みんな

 仲良く

 幸せに

 願いが叶いますように』


 何の変哲もなく見えるが、オマエは唇をぺろりと舐めた。


「……なに?」

「子供は純粋ですけど、大人は色々ありますからねぇ」


 だから、何!?


「ハザマさんは特定の相手はいらっしゃらないんですか?」

「見てのとおりですが」


 休日に出かけるでもなく古書店のバイトを手伝って、怪しい人外と散歩している時点で察してほしい。


「そうですか。遠距離で年に一度しか会えないような(ひと)がいるかもしれない、と思ったのですが。織姫と彦星のように。まあ、だとしても、あなたはトラブルを起こす方ではなくて、巻き込まれる方でしょうけど」

「不穏なことを言わないでくれ」

「妄執はずっしりと重みがあるんですよ」


 上機嫌に踵を返して、オマエは肉屋を指差した。


「今夜のおかずにコロッケとかどうです? 揚げたてが美味しいと言ってましたよね?」

「そうだな……それもいいかな。オマエも食うか?」

「今夜の夜食は決まってますけど……買ってくださるなら食べます」


 人間の食べ物は腹が膨れないので必要ないと言うけれど、食べないと言わないところが食欲の権化だよな。

 夜食って『お伽堂』の手伝いのことだろうか。ちらと笹を振り返って、余計な心配だなと頭を振った。


 *


 後日、河川敷の大きな木について周囲の人に聞いてみたけれど、特に(いわ)れは無いようだった。ただ、オカルトに詳しい同僚だけは気になることを言っていた。


「川向こうの恋人に二股かけられた上に振られた人が首を括ったって噂が立ったこともあったけど、そんな事実はないんですよねぇ。この時期に、そんな噂があったなってふんわり思い出すくらいかな。ほら、川を挟んでってとこが七夕っぽいでしょ」


 オマエの言う飾りって……

 俺はぱたりと思考を閉じた。


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