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女神教会

「うう……疲れました……」

「ふふ……ギル、お疲れ様でした」


 小公爵としての仕事からようやく解放され、僕は庭園のベンチで隣に座るシアに甘える。

 そんな僕を、シアは微笑みながら優しく髪を撫でてくれた。


 はあ……癒される……。


「そういえば、僕が仕事をしている間、シアはどう過ごしていたのですか?」

「私ですか? 私は、その……魔法について勉強していました……」


 そう言うと、シアは少し悲しそうな表情を浮かべた。


 シアは、回復魔法を使いこなす妹のソフィアとは異なり、一切魔法が使えない。

 そのせいで、プレイステッド侯爵や家族、使用人達から『無能』だの『役立たず』だのと言われ続けてきた。


 だけど、シアが魔法を使えないのにも理由がある。

 実は、世界を破滅に導こうとする者が、シアが本当の聖女(・・・・・)として目覚めないよう、生まれた時に呪いをかけていたのだ。


 そのせいで、シアはその華奢な身体に膨大な魔力だけを溜め込み続けているような状態で、呪いの隙間から(こぼ)れ出た魔力の影響を受けたソフィアが、幼い頃から回復魔法が使えるようになったという、何とも皮肉な設定だ。


 ああ……可能なら今すぐにでも小説の内容を書き換えたい……。


「ふ、ふふ……魔法も使えないのに、おかしな話ですよね……」


 そう言って、シアが自虐的に笑う。

 彼女が幼い頃からソフィアが魔法を使う姿に密かに憧れていることを、前世で作者である僕は知っている。


 だから。


「そんなことはありません。あなたが魔法を学ぶことは、絶対に無駄になったりはしません。むしろ、そうやって魔法を学ぼうとするシアの姿勢は、必ず報われるものだと僕は信じています」

「あ……」


 僕はシアを優しく抱きしめながらささやくと、彼女は小さく声を漏らした。


「……本当に、ギルはいつだって私のことを見てくれて、信じてくれて、支えてくれて……あなたの存在が、私にとってどれだけ大きいか……っ」

「その言葉、そのままお返ししますよ」


 サファイアの瞳に涙を溜めるシアに、僕はニコリ、と微笑む。

 ああ……彼女の二度目(・・・)の人生でざまぁされるだけの僕が、こんなにも愛するシアに求めてもらえるなんて、なんて幸せなんだろうか。


 僕は、この世界で生まれ変わって、本当によかった……。


「グス……結局、こうやって私はギルに泣かされてしまうんです……」

「僕としては、シアにはたくさん笑ってほしいんですけどね……でも、嬉し涙なら妥協します」

「もう……」


 シアは涙を(こぼ)しながら、蕩けるような笑顔を見せてくれた。


 ◇


「坊ちゃま。女神教会から、神殿への立ち入りについての許可が下りたとの連絡がありました」

「っ! そ、そうか!」


 僕達が王宮へ赴いた日から一週間後の午後、モーリスの報告に、僕は思わず立ち上がって喜色ばんだ。


「全く……結局、許可を得るまでにほぼ三か月もかかったじゃないか」

「仕方ございません。女神教会は、それを生業としているのですから」

「違いない」


 モーリスの言葉に、僕は肩を(すく)める。


 女神教会というのは、女神ディアナを崇める宗教組織で、あのソフィアを聖女に認定した、僕やシアにとっては敵以外の何者でもない存在だ。

 とはいえ、女神教会はマージアングル王国のみならず、西方諸国の多くの国で布教されており、信徒の数なども含め侮れない組織である。


 なお、小説においてはシアが本当の聖女として目覚めたことにより、ソフィアを利用して既得権益を貪っていた教会幹部達はニコラス王子達によって糾弾され、体制が一新されると共に、以後はシアの強力な後ろ盾となる。


 何より、シアの呪いを解き、本当の聖女に目覚めるためには教会……というより、神殿の存在が必要不可欠なのだ。


「それで坊ちゃま、いつ神殿に行かれますか?」

「もちろん……っと、その前に、シアは今、何をしている?」

「はい。もうすぐ家庭教師による授業が終わる頃かと」

「分かった。なら、今すぐ迎えに行こう」


 僕は執務室を出て、シアが勉強をしている部屋へと向かう。

 すると、ちょうど家庭教師が部屋から出てきた。


「すまないが、今日の授業はもう終わりかな?」

「これは小公爵様、たった今終わったところです」


 家庭教師が、深々と頭を下げる。


「ところで、フェリシア様なのですが、お教えしたことをまるで真綿のように吸収されるので、私としても大変教え甲斐があります。本当に、素晴らしい生徒ですわ」

「あはは、そうだろう? シアは本当にすごい女性(ひと)なんだ」


 シアを手放しで褒められ、僕も嬉しくて声が一段大きくなる。

 もちろん、僕は彼女がすごく優秀だということは知っているんだけどね。でも、自分が褒められることの何十倍も嬉しい。


「では、失礼いたします」

「ああ、本当にありがとう」


 (うやうや)しく一礼し、家庭教師は帰っていった。


 さて、僕は頑張ったシアを労わないと。


 ということで。


「シア、お疲れ様でした」

「! ギル!」


 僕が部屋を(のぞ)いて声をかけるなり、シアはパアア、と咲き誇るような笑顔を見せてくれた。


「シア、家庭教師の先生がシアのことをすごく褒めてくれていましたよ? 本当にあなたは頑張り屋のすごい女性(ひと)ですね」

「あ、ありがとうございます……ふふ、ギルに褒めていただきました」


 シアは、家庭教師に褒められたことよりも、僕に褒められた嬉しいらしい。

 こんなの、反則すぎる。


「コホン……と、ところでシア、今日はもう疲れていますか? もしよければ、一緒に外出したいのですが……」


 僕は平常心を取り戻すために咳払いをして気持ちを落ち着けた後、おずおずと尋ねる。


「大丈夫です! 疲れてなどおりません!」


 胸の前で両手の拳を小さく握り、シアは元気だとアピールする。

 その姿に、せっかく心を落ち着かせたばかりなのに、すぐに胸が高鳴ってしまった。


「そ、それはよかった。でしたら、支度をして早速向かいましょう」

「は、はい! それで、どちらへ行くのですか?」


 シアがサファイアの瞳で見つめながら、興味深そうに尋ねた。


「はい。今日の外出先は、女神教会の神殿です」

お読みいただき、ありがとうございました!


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