ソフィアの心無い一言
「お姉様、小公爵様、こちらにいらしたのですね!」
僕が楽しい話題を切り出そうとした矢先、僕達の後ろからせっかくの朝のシアとの楽しい気分を台無しにする、そんな不快な声の持ち主が現れた。
もちろん、シアの妹であるエセ聖女、ソフィアだ。
「……これはソフィア殿、一体どうなされたのですか?」
僕はジロリ、と見やった後、抑揚のない声で尋ねる。
ハア……せっかくのシアとの散歩で、この女に出くわすだなんて、ついてない。
「うふふ、いえ……私もちょうど散歩をしていたところでして。そうしたらお二人のお姿が見えたものですから、こうしてお声がけした次第ですわ」
ソフィアは口元を隠しながら、クスリ、と微笑む。
「ところで……小公爵様におかれては、昨日は大変残念でした……」
「昨日? とおっしゃいますと?」
「その……狩猟大会では、せっかくドラゴンの頭をお持ち帰りになられたのに、その後に王太子様がドラゴンの本体を持ち帰られてしまわれたので……」
「ああ……」
なるほど、要するに僕が王太子に負けたのだと、そう言いたいんだな?
「……私の房飾りが、狩りが始まる前にお渡しできていれば、こんなことには……」
寂しそうな表情を浮かべながら、ソフィアが房飾りをこれ見よがしに掲げる。
フン……それが僕に渡そうとしたものか。銀色だなんて、どこまで自己顕示欲が強いんだ。
「そうですか? 僕はシアがくれた黒と灰色の房飾りのおかげで、傷一つなく狩りから帰ってくることができましたが?」
「ですが……本当であれば、王太子殿下と並んで同じだけの賞賛を受けることができたしょうに……」
そう言うと、ソフィアが僕の身体にそっと触れようとした。
だから。
「っ!?」
「すいませんが、僕の身体に触れていいのはシアだけですので」
ソフィアの手を払いのけ、僕は冷たく言い放つ。
僕じゃないギルバートなら、そんなことをされれば舞い上がっていただろうが、あいにく僕はシアだけを愛するギルバートのほうだ。
僕にとっては、ただ不快なだけだ。
「……そういえば、小公爵様はお姉様のことを“シア”とお呼びするようになったのですね?」
「……ええ。シアも、僕のことを“ギル”と呼んでくださってます」
「うふふ、仲がよろしいですね」
ソフィアが口元を隠し、クスクスと嗤う。
「それでお姉様、あのことを小公爵様はご存知なのですか?」
「っ!? ソ、ソフィア!」
口の端を吊り上げながら尋ねるソフィアに、シアが思わず声を荒げた。
「知ってます? お姉様の背中、実は……「もうやめて!」」
ソフィアの言葉を遮り、シアが叫ぶ。
ああ……この屑、自分があんな真似をしておきながら、それを僕に教えてシアを失望させようというつもりか。
本当に、どこまでも聖女とは名ばかりの悪女だ。
「うふふ……お姉様に嫌われてしまったようですので、私は失礼いたします。では公爵様、またお会いしましょう」
ソフィアはカーテシーをすると、この場から立ち去った。
「……本当に、何しに声をかけてきたのでしょうか……って」
「あ……ああ……っ」
ソフィアの背中に悪態を吐いてから振り返ると、シアは自分の身体を抱きかかえて震えていた。
ああ……あんな奴のせいで、僕のシアがこんなに怯えてしまって……。
「シア……」
そんな彼女の震えを少しでも止めようと、僕はシアを抱きしめた。
シアが何に怯えているのか、どうして震えているのか、あえて尋ねずに。
「ギ、ギル様……私……私は……」
「大丈夫、何も話さなくても大丈夫ですよ。あの女が何を言おうが、シアは何も心配いりませんし、気にする必要もありません」
「うう……っ」
そう告げると、シアは僕の胸に顔をうずめ、とうとう声を殺して泣き出してしまった。
今すぐソフィアを絶望に叩き落してやりたいが、それよりもシアの心を救ってあげるほうが先だ。
だから。
「シア……さあ、帰りましょう……」
「……(コクリ)」
頷くシアの肩を抱きながら、僕達は幕舎へと戻った。
◇
「…………………………」
「…………………………」
王都の屋敷へと戻って一緒に夕食を摂る中、僕とシアは無言のままだ。
彼女は唇を噛みながら、今も何かに必死で耐えている。
それは……この僕に、知られたくない一心で。
もし僕が知ってしまったら、今度こそ独りぼっちになってしまうと怯えながら。
もちろん原作者である僕は、彼女が何に怯えているのか知っている。
「……も、申し訳ありません。体調がすぐれませんので、今日はこれで失礼します……」
そう言うと、シアは席を立ち、逃げるように食堂から出て行ってしまった。
僕は心配そうな表情を浮かべるアンに目配せし、彼女について行かせた。
「ふう……」
さて……どうしたものか……。
「……坊ちゃま、差し出がましいことを申し上げますが、これは坊ちゃまが何とかするしかないのではないでしょうか」
「分かっている……だが……」
僕がシアの背中のことを知っていると分かれば、シアは傷ついてしまうかもしれない。
だから、彼女に打ち明けてもらう、又は聖女の力に目覚め、その背中の傷を癒してしまう……そのいずれかを待つしかないんだ。
何もできない悔しさのあまり、僕は血が出ていることもいとわずに唇を思いきり噛む。
すると。
「いいえ、坊ちゃまは何も分かっておられません」
「っ! 何だと!」
冷たく言い放つモーリスに、僕は思わず立ち上がり声を荒げた。
「坊ちゃま、どうしてフェリシア様が苦しんでおられるか、お分かりになりませんか?」
「そんなこと、モーリスに言われなくても分かっている! シアは、その背中の傷のことを僕に知られたくないから!」
「なら、答えは出ているではありませんか。フェリシア様の心をむしばむ背中の傷など、坊ちゃまにとって些事であると、坊ちゃまが示すことこそがフェリシア様を救うのです」
「う……」
淡々と告げるモーリスの言葉を受け、僕は声を詰まらせる。
そんなことは分かっている……分かっているんだよ、モーリス……。
「本当によろしいのですか? フェリシア様が抱えておられるトラウマは、いずれ癒える心の傷かもしれませんが、本当にその時まで、坊ちゃまは指をくわえたまま苦しむ様を眺め続けているのですか?」
「っ! そんなわけないだろう!」
「なら、お行きなさいませ。坊ちゃまだけが、フェリシア様を救うことができるのです」
詰め寄る僕に、モーリスはただ食堂の扉を差し示す。
僕を、導くように。
ああ、分かったよ。
そこまで言うなら、僕も当たって砕けてやる。
僕が……シアの心を救うんだ!
「シアのところに行ってくる」
「行ってらっしゃいませ、坊ちゃま」
シアの元へと向かう僕の背中へ向け、モーリスが恭しく一礼して送り出した。
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