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真・こことは違うどこかの日常  作者: カブト
過去(高校二年生編)
51/199

第六話 『そして、二人は巡り合う』 その5

「ふざけやがって、ふざけやがって、ふざけやがって、ちくしょう!!」


 端正な甘いマスクを大きく歪め、悔し涙を盛大に流し喚き散らしながら、剣児は怒りと憎しみの炎を滾らせた瞳を自分のすぐ横に立つ黒づくめ怪人へと向ける。

 

「おまえ、これだけのことをしておいてただで帰れると思うなよ!?」


 例えこれまでの事情がわからないものがこの場にいて聞いていたとしても、その声に凄まじい怨念がこもっているとわかるような、そんなドスの利いた低音をカラスに投げかける

 だが、カラスは全く応えた様子もなく、両手を広げて肩を竦めてみせるばかり。

 明かにこちらをバカにしているとわかる態度を崩そうとしないカラス。

 そんなカラスを苦々しい表情で見つめ続けていた剣児であったが、やがて何かを覚悟したような表情になって、視線をカラスから外す。

 その視線は若干離れたところで事態を見守っている自分の恋人達のほうへ。


「フレイヤ、ジャンヌ、メイリン!!」


 愛しい恋人の声にすぐに反応したのは、陽光樹妖精(サンエルフ)族の少女。


「聞こえているわ、剣児くん。もうちょっとだけ待ってね。さっきメイリンが姫子ちゃんや本家の人達に携帯でここの位置を教えたから、すぐに救助に駆けつけてくれるはずよ」


「いや、姫子達のことは待っていられねぇ。おそらくかなり位置が離れているだろうし、これだけ入り組んだ場所だから、探し出すのに時間がかかるはずだ。それよりもおまえたちに頼みがある」


 いつになく真剣な表情。

 いつもの陽気で冗談ばかり言っている学生としての表情ではない、その表情は手強い『害獣』と相対したときに見せる覚悟と決意の顔。

 その表情を見た三人は、自分達の恋人が何を言わんとしているかを敏感に察知し、緊張で身体を固くする。


「け、剣児くん、まさか・・」


「ああ、そのまさかだ。俺はどうなってもいいから、気にせずこの馬鹿をぶちのめしてくれ!!」


 怒りに満ちた表情と声で決意の言葉を口にする剣児。

 余程に悔しかったのか、今にも破裂しそうなほどに血走った瞳、憤怒で真っ赤にそまる顔。

 これまで戦ってきたどんな『害獣』相手でも見せたことがないほどに、怒り狂っている。


 今までに見たことがない、怒髪天を突くような激しい怒りを爆発させている愛しい恋人をしばらくぽかんとして見たつめていた三人だったが、すぐにその心情を察して返事をしようと口を開きかける。

 しかし、まさに口を開きかけたその瞬間、何かに気がついてしまった三人は、何故か一斉に剣児から顔を背け何かを必死に堪えるようにしてぷるぷると身体を震わせる。

 三人は何度か深呼吸を繰り返して落着きを取り戻しては返事を返そうと振り返るのだが、そのたびに慌てて再び後ろを向いて身体を震わせるという行為を繰り返す。

 そして、やがて自分では返事を返すことが難しいとわかると、横にいる他の二人の脇腹をつつきあって、代わりに返事をさせようとし始めてしまうのだった。


「じ、ジャンヌ、メイリン、どっちでもいいから・・ぷぷぷ・・私の代わりに剣児くんに返事してあげて。私、無理。だって、剣児くんのあの髪が・・ぷっ」


「あたしだって無理だってば。・・いひひ・・あの顔だけならなんとかなるけど、あの・・あの髪が・・ぶふっ」


「二人ともいい加減にしてください。剣児くんは必死なんですよ・・うひひ」


「「じゃあ、メイリンが返事してよ」」


「絶対無理です。最後まで言えません。途中で噴き出します。だって・・だって剣児くんのあの顔と髪、どうみても今テレビで人気の汚れ芸人そっくりなんですもの」


「「「ぷ~~っ」」」


 ちらちらと振り返って剣児の顔を見ていた三人だったが、やがて、耐えきれなくなってその場にしゃがみこんでしまう。

 一応片方の手で口をおさえ、もう片方の手でお腹をおさえてなんとか必死に堪えているが、ちょっとつつけば間違いなくその場で笑い転げてしまうことになってしまうだろう。


 そう、顔だけなら。

 顔だけならなんということはない、真面目に怒っている顔だから、顔だけ見ていれば何も問題ないのだ。

 しかし、問題はその髪型だった。

 今の剣児の髪形は七三。

 いまどき、どんな職種の男性でもしている人はいないという、ほとんど絶滅になりかけている髪形だ。

 それだけでも十分におもしろいのに、さらに恐ろしいことに、彼の七三は普通の七三ではない。

 頭の右側に作り出されたモヒカンヘアーを左右にわけて作り出された変形七三とでもいうべき髪形なのである。

 一見普通の七三に見えるが、頭にへばりついたうすい長髪の下には、見事な五分刈りが広がっているわけだ。

 何事もなければその五分刈部分が見えることはないのだが、彼が埋められているのは風の強いことで有名な裏通り。

 そのため、彼女達が見ている前で強風が何度も通り過ぎ、そのたびに剣児の髪形はおもしろいように乱れてわっさわっさとたなびいてしまう。

 すると、下の五分刈り部分が露出した、とてつもなくおもしろい髪形へとトランスフォームし、それをまた横に控えているカラスが元の七三に奇麗に整える。




 風が吹く。


 髪が乱れる。

 

 カラスが髪を整える。


 また風が吹く。


 髪が乱れる。


 カラスが髪を整える。




 テッパンだった。


 どんなコントよりも超面白かった。

 

 そんな状態で真面目に怒りを爆発させられてもどこかの汚れ芸人ばりに美味しいばかりで、ちょっと見ているだけでも笑いが込み上げてくる。

 とはいえ、彼女達は笑うわけにはいかない。

 愛する恋人があれだけひどい目にあっているのだ、同じように怒らなくてはいけない、その姿を見て笑い転げるなどもってのほかだ。

 だが、そう思えば思うほどドツボにはまって、腹に蓄積される笑いの衝動はどんどん大きく重くなっていく。

 

 やばい、このままではいずれこの笑いは破裂する。

 もし、破裂して笑い転げる姿を見られたら確実に自分は恋人から嫌われてしまうだろう。それだけは、それだけはなんとしても阻止しなくては。

 

 心の中でそう考える三人は、涙目になりながら必死に笑いの衝動と戦い続ける。

 しかし、ちら見しただけでも噴き出しそうな状態でいつまでも耐え続けることなどできるはずがない。


 もうだめだ、そろそろ限界だ。


 そう彼女達が思い盛大に噴き出しかけたそのとき、彼女達の心を激変させる声が聞こえてきたのだった。


「フレイヤ、ジャンヌ、メイリン。いくらでも俺のことを笑い者にしてもいい。俺を笑っても俺はお前達を嫌ったりしないし、恨んだりもしない。だけどこれだけは頼む!! 頼むからおまえ達の手でこいつをぶちのめしてくれ!! 動けない俺に代ってこの馬鹿を打ち倒してくれ、頼む!!」


 腹の底からこみ上げてくる爆笑の衝動と必死に戦っていた彼女たちであったが、恋人が発した悲痛な叫び声を聞いて、一瞬にして我にかえる。


 そうだ、笑い転げている場合ではない。

 自分達が生涯の伴侶として認め、心から愛している恋人が、ここまでひどい目にあわされ、これまで味わったことのないような屈辱を味合わされているのだ。

 自分達が彼のことを本当に心から愛していると証明する為にも、なんとしても仇をとらなくてはいけない。

 彼女達はすぐさま決意を固め、腹の底にくすぶっている笑いの発作を無理矢理握りつぶすと、プロの『害獣』ハンターとしての表情を浮かび上がらせて、眼前に立ちふさがる憎い漆黒の怪人を睨みつける。


 一瞬にして空気の流れが変わる。

 

 ひりつくように鋭い殺気が充満し、焼け付くように熱い闘志が空気の温度を上げていく。


 首まで土に埋まりながらも、そのことを敏感に察知した剣児は、ほっと安堵の吐息を吐き出した。


 あまりにも華々しい剣児の名声の影に隠れてあまり目立たないが、彼女達もまた一流の腕を持つベテラン『害獣』ハンター。

 その実力は決して低いものではない。


 一人目は陽光樹妖精(サンエルフ)族の少女フレイヤ・クロムウェル。

 とれたての蜂蜜のようにきらきら光る黄金の髪に、御稜高校随一とも言われる豊かで実に形のよいバストが特徴的な美少女の彼女は、『療術』の使い手。

 パーティメンバー全員の回復を司る重要な立場にあり、その回復術は何度も仲間達の命を救ってきた。当然のことではあるが、仲間達の回復作業が主な仕事であるため、『害獣』との戦いでは常に後方にあり、敵と直接戦うことはほとんどないし、パーティメンバーの中では最も接近戦能力は低い。

 しかし、それは現メンバーと比較した場合に低いということ。

 彼女が所属する傭兵集団『剣風刃雷』は剣児をはじめ、接近戦能力が飛びぬけて高い者達が何人も在籍している。

 彼ら接近戦のプロ中のプロ達から比べれば彼女の能力は確かに低い。だが、そこらへんの不良と比べた場合は話が違ってくる。

 後方支援が得意で自ら率先して戦うことはほとんどない彼女であるが、会得している護身術は並みの不良をよせつけるものではない。

 それどころかその腕前は師範クラスであり、舐めてかかれば間違いなく痛い目をみることになる。

 

 二人目は月光樹妖精(ルナエルフ)族の少女、ジャンヌ・ボナパルト。

 ショートカットにしたダークブラウンの髪に、剣児とほぼ同じくらいの長身、そして、凹凸の少ないすっきりしたスレンダーボディの美少女の彼女は、『攻術』の使い手。

 自然界に満ちる様々なエネルギーを凝縮した特殊な『弾丸』を撃ちだす超兵器『銃器』を操り、危険な前線で戦う前衛への支援攻撃から、はるか後方から相手を殲滅する遠隔広範囲攻撃まで実に様々な効果を発動させる『術』、それが『攻術』。

 ジャンヌはその『攻術』を自在に使いこなし、手強い『害獣』との戦いにおいて何度もパーティを勝利へと導いてきた。

 当然その技術は『害獣』以外が相手であっても十分に威力を発揮する。

 いや、恐らく一発のダメージの大きさだけなら、間違いなくこの三人の中でジャンヌが最強であった。


 そして、三人目は風狸(ふうり)族の少女、(ホワァン) 梅林(メイリン)

 さらさらと流れる様な艶やかな黒髪。

 三人の中で最も身長の低い彼女であるが、凹凸がはっきりわかる、しかし、出過ぎたり引っ込み過ぎたりしていない実にバランスのいいスタイルを持つ。

 髪と同じ色をした黒眼は非常に大きく、鋭角的な顔立ちの二人とは違い全体的に丸く柔らかい感じの顔をした彼女は、『美しい』よりも『かわいい』という形容詞がよく似合う美少女。

 そんな彼女は、『原初の歌』の歌い手。

 はるか古の昔、世界が生まれて間もない頃よりこの世界に存在したという『力』ある音。

 それを古代の音楽家達が様々な歌にしたものが『原初の歌』であり、この世界に元々あった音を元に作り出された『原初の歌』は、この世界のルールに則った力であるため『害獣』に感知されることはない。

 つまり『術』同様に、『外区』で遠慮なく使用することができる数少ない超技術の一つなのである。

 『原初の歌』は『歌い手』の想いを乗せ、『歌い手』の魂の力によって紡ぎだされる。

 その歌は、聞いた者達に様々な効果を及ぼす。

 あるときは聞いた者を剛力無双にし、あるときは聞いた者を鉄壁の防御壁へ、またあるときは傷ついた者の心と身体を癒し、そして、またあるときは敵対する者に凄まじい呪いを与える。

 『原初の歌』は基本的に触媒のようなものを一切必要としない。

 歌い手となる者の歌声だけで発動させることができる。

 触媒を必要としないため、歌い手が声を出せなくならない限りいつまでも使用することができる非常に強力な技術であるが、その反面、効果をずっと継続させるためには歌い続けていなくてはならない。

 なので、メイリンは戦闘においてはいつもパーティの後方にあって『原初の歌』を歌い続けており、戦闘に参加することはまずない。

 そんなメイリンであるから、パーティメンバーのほとんどは彼女は直接戦闘ができないと思っている。

 しかし、決してそうではない。

 二本の短刀を自由自在に操り、踊るようにして敵と戦う独特のスタイルの武術を会得している彼女は、実は三人の中で最も接近戦能力が高い。

 いや、高いどころか、本気になった彼女とまともに戦って勝てる猛者は、『剣風刃雷』の中でも五人といないだろう。

 彼女がいつもサポートに回っているのは、『原初の歌』で全体的に戦闘力の底上げができるからで、もし、もう一人『原初の歌』の歌い手が見つかれば、彼女は間違いなく前衛に選抜されることになるだろう。

 

 そう、剣児を取りまく恋人達は、決して騒がしいだけの存在ではないのだ。 

  

 一騎当千とまでは言わないが、剣児を取り巻く三人の恋人達はそこらへんの不良程度では束になってかかっても敵わない程の実力の持ち主ばかり。

 本来なら、リーダーである剣児をサポートし、彼の指揮の下でその能力を最高に発揮する彼女達。

 だが、決してパーティ戦にのみ依存した強さを誇っているわけではない。

 如何なる事態にも対処できるように高度な訓練を受けてきた、戦闘のエリートである彼女達は、個人戦においても十分な力を発揮する。

 そして、愛する恋人を救い出す為に本気になった彼女達なら剣児がいなくても何も問題はない。


 今の彼女達に一切死角はないのだ。


 そう思い、勝利を確信した剣児は、自分の横に立つ憎い仇敵に視線を向ける。

 

「言っておくが、彼女達はマジで強いぜ。泣いて土下座するなら今のうちなんだ・・が?」


 がっちりと地面に固定され、ほとんど動かすことができない首を無理矢理動かして仇敵のほうへと顔を向けた剣児は、余裕の笑みを浮かべて傲然と口を開く。

 だが、余裕をかましていられたのはほんの一瞬だけ。

 言葉を紡ぐ途中、仇敵が懐から何かを出すのを見た剣児は、その手の中にあるものを見て小首をかしげる。

 カラスが手に持つのはカード状の何か。

 その手にあるカードがどんなものなのかまでは、剣児の視点からはよく見えない。

 しかし、油断も隙もない策略家であるカラスが、なんの意味もないただのカードをここに来て出すわけがない。


 剣児は背中に嫌な予感が走るのを感じ、顔を引きつらせる。


(か、カードだと? まさか仕込みの刃が入っていて投げナイフのように使うのか? いや、あの身のこなしを見た感じだとなんらかの武術をやっているという風には見えない。あの程度の身体能力しか持たないくせに、あんな貧弱なカードを二、三枚投げたところでフレイヤ達にダメージをまともに与えることなんかできっこない。それくらい、この策士ならよくわかっているはずだ。ということは、武術ではないが、なんらかの効果をもたらすことができる何かということか。技術や戦術だろうか? カードを使うようなそんな技術なんてあったかな・・)


 必死になって自分の記憶の中にある様々な武術や戦術、技術を探る。

 今まで戦って来た対戦相手達が使っていたもの、あるいは書物や学校の授業で習ったもの、そして、また先輩の『害獣』ハンター達から手慰みに聞いた噂話などを次々と思いだしていった剣児は、やがて一つの技術に思いあたって驚愕の表情を浮かべる。


(ま、まさか・・まさか、そうなのか? あれは、『戦術(タクティカル)英霊(ヒーロー)呪符(カード)』!?) 

 

 

戦術(タクティカル)英霊(ヒーロー)呪符(カード)



 『害獣』達がこの世に出現するよりもはるか昔。

 まだ、魔力や霊力といった異界の力が全盛であった頃、それらの力を存分に振い、この世界に様々な伝説を巻き起こした英雄好漢達がいた。

 彼らは山を動かし、海を割り、天を轟かせ、時には時間さえも操ったといわれる。

 そんな過去の英雄好漢達がこの世に残したわずかばかりの魂の残照を、ある一人の偉大な魔道師が世界各地を旅して、集めに集め倒した。

 そして、魔道師は自らが集めてまわった膨大な英雄好漢達の魂の残照、つまり欠片を使って、ある恐るべき魔法の品を作りだした。

 

 それが、『戦術(タクティカル)英霊(ヒーロー)呪符(カード)』。


 『戦術(タクティカル)英霊(ヒーロー)呪符(カード)』は、過去の英雄好漢達の魂の残照を封じ込めて作り出されたもの。

 一定の手順を踏むことでカードはその効果を発動し、そのカードに封じられた英雄好漢達に応じて、彼らが過去に使った武術の奥義や特殊な技術を発動させることができる。

 発動する効果は実に様々であり、相手を直接的、あるいは間接的に攻撃する効果を発揮するカード、味方をサポートしたり、敵の行動を妨害したりするカード、中には難病を一瞬で治療したり、王クラスの『害獣』の攻撃すら跳ね返すという驚異的な効果を発動させるカードまであるという。

 まさに神にも悪魔にもなれるという非常に強力な『古代超遺物(アーティファクト)』。


 しかし、このカードは非常に扱いが難しく、下手に使うと使い手そのものに跳ね返り、その身を滅ぼすと言われている。


 また、カードそのものも大変貴重なもので手に入れることもまた至難の業。


 かつて製作者である太古の魔道師は、三十六種類の【英雄(ヒーロー)呪符(カード)】と七十二種類の【好漢(デュエリスト)呪符(カード)】を作り出した。

 同じ種類のカードでも予備として数枚から数十枚を量産して作り出し、その総枚数は千枚以上に及ぶと言われているが、魔道師は己が作り出したカードの危険性を誰よりもよく理解していたため、死の間際、悪意あるもの達に使わせないようにと、作りだしたカード全てにある呪いをかけて世界各地にばらまいてしまった。

 これを知った時の権力者達は魔道師の死後、血眼になってカードを探し求め、自分達の配下達を世界中に派遣。

 しかし、配下が持ち帰った一部のカードを解析し、魔道師がかけた呪いの内容を知った権力者達は、一様に愕然となる。


 カードは最低でも五十三枚以上集めなくては使用することができなかったのだ。


 世界中に散らばり、どこにいったかわからないカード。


 千枚近くあるといえば大きな数字に思えるが、それがこの広大な世界に散らばっているとなると話は別。

 捜し出すことは困難極まりない。


 しかも、呪いの内容はそればかりではない。


 たとえ使用するために必要とされる五十三枚以上のカードを集めたとしてもそれだけでは駄目なのだ。

 カードの効果を発揮させるためには、魔道師が考え出した複雑怪奇なあるルールに則って使われなくてはならない。


血闘(モータルコンバット)


 そう呼ばれる厳しく難しいルールを把握し、そのルールにきちんと沿ってカードを使用するものだけが、カードの本来の力を発揮することができる。 


 そういった理由からカードに秘められた無限の力に惹かれた者達は非常に多いが、実際に『呪符使い(カードマスター)』となれたものは歴史上ほとんど確認されていない。

 いや、どちらかといえば、数人といえども存在していたこと自体が奇跡に近いことであるのだが。

 それだけに、剣児は自分の脳裏に浮かんだこの予想が信じられなかった。

 

(ありえない。そんなはずあるわけがない。いくらなんでも、そんな奇跡の力の持ち主がほいほいこんなところにいてたまるものか)


 そう心の中で呟いて、自分の脳裏に浮かび上がった恐ろしい予想を打ち消そうとする剣児だったが、しかし、心の中のもう一人の自分がそれに待ったをかける。


(いやちょっと待て。どうみても何の武術も体術も会得していない、身体能力も並以下のこいつが、城砦都市『嶺斬泊』内で最も危険な裏街でその名を轟かせているその事実についてはどう解釈すればいい? なんの武術も技術もない奴が、この場所で生き残ることは絶対にできない。ましてや悪名とはいえ、その名を轟かせるなんて夢のまた夢。だとすれば、やはりこいつが持っているのは・・)


 とてつもなく嫌な汗が大量に剣児の顔から噴き出して流れ始める。


 まずい。もし、そうならば、とてつもなくまずい状況であった。


 いくら武術の達人、使い手であったとしても、噂の奇跡のカードの前ではひとたまりもないに違いない。

 まともに戦った場合、どう考えてもその勝率は極めて低い、下手をすれば、恋人達は今の自分以上にひどい目にあわされかねない。

 

 剣児は恋人達にそのことを伝えるべく、急いで視線をカラスから恋人達に向け直す。

 そして、注意を促すために口を開こうとする。


 だが


 全ては遅すぎた。


 遅すぎたのだ。


 剣児が口を開こうとしたそのとき、すでにカラスは行動に移っていた。


 フリスビーを投げる様な滑らかな動作で手にしたカードを三人の恋人達に向けて投げ放つカラス。

 カードは剣児の目の前で、風を切って飛んで行く。


「に、逃げろ、フレイヤ、ジャンヌ、メイリン!!」


 剣児の絶叫が裏街に響き渡り


 そして、


 地獄の宴が幕を開ける。 

 

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