第81掘:駄目神再登場
駄目神再登場
side:ラッツ
ようやくお兄さんが覚悟を決めてくれたようです。
今日はしっかり体を洗って、いや、もういっそ一緒にお風呂に入って、そのまま一発して、そのあとさらに布団で……。
と、欲望で頭が染まってきてます。
イケナイイケナイ、大事なことは別にあるはずです。
お兄さんとの蜜月で頭がいっぱいですが、なんとか思考をすすめます。
周りの皆も何か言いたいようですが、今後のお兄さんとの展開を考えているのか、頬が緩んでいます。
しっかりするのです。
ラッツ、私に求められているのはこの愛情だけではないのです。
お兄さんの役に立つと決めたのですから、肉欲や情欲に簡単に身を染めては……。
「ああ、そういうことですか。お兄さん。お兄さんの意思は分かりましたが、なぜ今更か聞いていいでしょうか?」
そう、なぜこの時なのか。
王女様を抱かなくてはいけないから?
違います。それなら、前に私達を愛してくれていればいいだけなんです。
お兄さんのいつもの手際を考えると、どうも後手というか、準備が足りていない感じです。
無論、私達に遠慮と言われればある程度は分かりますが、個人的にお兄さんの愛情は確かに私にはわかります。
お兄さんは私達を抱くのを我慢していたはずなんです。
何が、原因でこの時まで我慢していたのでしょうか?
「そう、だよな。今更なんだよな。ちょっと言いにくいが聞いてくれ。これで俺が嫌いになるならそれでいい」
お兄さんのその言葉で、皆真剣な顔つきになります。
正直に言いましょう。
お兄さんを嫌いになることはきっとあり得ません。
皆もそれをしっかりと顔に出しています。
「いいか、俺は今までにない種族だ。ダンジョンマスターってな。だから子供ができるか、母体…皆が安全に子供を産める保障が無いんだ……」
「「「っつ!?」」」
全員の顔が引きつります。
お兄さんが見た目人族なので忘れていましたが、ダンジョンマスターという別の種族なのでした。
下手をすればお兄さんは魔物の種類。
女性を孕ませて、産ませて殺すような魔物はごまんといます。
特定の魔物に至っては孕むということは、母体にとって死を意味する魔物までいます。
ああ…お兄さんは本当に、私達を愛していてくれてました。
一時の欲情に負けず、私達の事を第一に考えてくれました。
でも、この回答はあんまりです……。
「いや、嫌です!! 私は、旦那様の子供産むんです!!」
ルルア様が耳を塞ぎながら、窒息しそうな必死な様子でお兄さんの話を必死に否定します。
「う、嘘です!! 大丈夫です!! こんなのひどすぎます!! ああっつ!!?」
目から涙をボロボロこぼして、子供の様に嫌々と首を振ります。
ルルア様のあまりの取り乱し様に私達はある意味冷静でいられました。
「落ち着けルルア。大丈夫。大丈夫だから」
「うえっ、ひっく、嫌です。いやぁ、なんで神様はこんなにいじわるなんですか!!?」
お兄さんが落ち着かせようとルルア様を抱きしめますが、かなりショックだったのかお兄さんの腕の中で暴れつづけます。
「あ……ああ、大丈夫ってあなた。…何か手があるのね? 子供をつくる…愛し合ってもいい方法が」
ルルア様は未だ落ち着きませんが、お兄さんのセリフで固まっていたセラリアが動き出しました。
そうでした。お兄さんはこんな残酷な答えだけを伝えたわけではありませんでした。
私達と子供ができる方法が分かったからこそ、この時になったのでしょう。
……流石に焦りました。
ルルア様がああなっていなければ、私が冷静さを保ってはいられなかったと思います。
「ある。……7割8割ぐらいしか信用できんがな。だから大丈夫だ。ルルア、俺達は子供が作れる。泣き止んで、落ち着いてくれ」
「ひっく、えぐ、ほ、本当なんですか? 本当に旦那様と子供を作れるんですね?」
ようやくルルア様の瞳に理性の色が戻ってきました。
しかし、何をどうすれば子供を作れるようになるのでしょうか?
まさか、誰かで実験したわけでも、いまから実験するわけでもないでしょうに。
「みんな心配するな!! 妾が一番最初に孕めばよい!! 万が一、母体が危険だとしても妾なら腹ぐらい食い破られても何とかなる。そうじゃろう、ユキ?」
なるほど、デリーユの魔王スキルを活用するわけですか。
デリーユには下手すればつらい結果になるでしょうが、それが一番安全ですね。
「いやいや、違う違う。そんな事より簡単だが、非常にやりたくないが、安全な方法がある」
「「「それは?」」」
お兄さんのその回答に皆が一斉に聞き返します。
「見てるんだろう、いい加減に出てこいこの駄目神!!!」
その一言で、当たりに変な声がこだまします。
『はーはっはっはっは!! 相変わらずというか、妙に頭が回ると大変ね!! こっちではユキで通してるんだっけ? ユキみたいな疑問持ってたのはユキが初めてよ』
ちょっと待ってください。
お兄さん、神様とか言いませんでしたっけ?
しばし、お兄さんの言葉を反芻して解読していると宴会場の舞台が照らされて、そこに私でも息をのむほどの美女が現れました。
変なポーズで。
具体的には片手を腰に当てて、片手を人差し指を天に掲げていました。
「神降臨!!」
「消えろ!!」
ふざけた宣言をする女性を、お兄さんが問答無用で、舞台にある落とし穴に落とします。
うん、それでいいと思います。
「ちょ、扱いがひどくないかしらぁあぁぁぁあぁあ!?」
ゴギャン
そんな音がします。
でも即座に落とし穴から手が出てきてその女性が這い出してきます。
あれ、いま落ちましたよね!?
「まったく、久々のそっちからの連絡できてテンション上がってただけなのに」
「五月蠅い。こっちは今後の家族計画で一番重要な所なんだよ。で、返答は?」
「問題はないわ。最初からそう言うのは調整してるわよ。なにせ異世…」
「そこまでだ、現状はまだ明かすべきじゃない」
「あら、ここまでやってまだ話して無いの?」
「今話せば混乱必至だからな。とりあえずは顔合わせだけしてくれ、頼む。これ以上イラン事言うな」
え、えーと、彼女が何者かはわかりませんが、とても規格外だというのはなんとなくわかりました。
お兄さんが、喋るのを嫌がっているのなんて初めて見ました。
多分この女性、色々面倒なんでしょうね。
そんな風に思っていると、その彼女はこちらに向き直って……
「へえ、まあよくも短期間に。こんなのハーレムもいい所じゃない。この変態!!」
「やかましいわ!! いい加減ハッキリいってくれ。本当に問題ないんだよな!?」
「ええ、ユキと子供を作りたいこの場の女性達に私が太鼓判を押して保証してあげる。ちゃんと子供はセックスすれば普通にできるわ!!」
「えーい!! もっと言葉を選べよ!?」
そのあと、沈黙がこの場所を支配します。
「え、えと。貴女が何者かは知らないけど。その話は嬉しく思うわ。でも、貴女の保証じゃ……」
セラリアがいち早く言葉を口にします。
その通りです。この人の保証で安心なんてできません。
「すいません。お兄さん、とりあえずこの人は誰なのでしょうか?」
「あー、非常に言いづらいが……」
「ルナ!! 女神よ!! しかも上級の!!」
……あー、うん。
病院に連れて行った方がいいのでしょうか?
とりあえず、私達の白い眼にようやく気が付いたのか、お兄さんを連れてこそこそ何か話しています。
「ねぇねぇ、なんであんなに反応薄いの?」
「いや、いきなり目の前に「神です!!」なんて言われて信じるやつの方がよっぽど可笑しいわ」
話はこっちに聞こえていますが、お兄さんの言う通りです。
「でも、ユキでいいんだっけ? あんたは知ってるでしょうに。嫁さん達なんでしょう? しっかり説得しなさいよ」
「無理だ。俺にはどうやってもお前を駄目神と証明できても女神として紹介は絶対できん」
「相変わらずふてぶてしいわね。こっちの世界で揉まれて少しは私のありがたみがわかったと……」
「ちょっとまて、こっちの世界の神呼び出せないかここに」
「ん、それぐらい簡単よ。ああ、なるほど。そいつらに一発芸とか私がさせればこの子達も私が神だと信用するわよね?」
「絶対やめろ。駄目神。それをすればお前はこれから絶対信用は得られん」
何か一発芸を神にさせるとか、恐れ多い事が聞こえてくるのですが……。
「じゃ、誰呼ぶ? こっちの世界はそれなりに多いわよ」
「確か嫁さんの国でリリーシュだっけ? それを祭っている国があって、嫁さんの妹がリリーシュに実際会って聖女認定されたとか言ってたな」
「ああ、じゃリリーシュが一番いいわね。よかったー面識がある神がいて、大抵呼んでも偽物扱いよ?」
「わかってるじゃねーか。だったら、信じられるように神らしくしてろよ」
「いやよ。そんな事しても偽物扱いが多いんだから。じゃ、呼ぶわよ」
ああ、耳がおかしいようです。
なんか気軽に神様呼び出すような会話してるんですが……。
リリーシュ様の加護を一身に受けているエルジュ様、ルルア様はその話が聞こえて、内心怒っているのか顔が引き攣っています。
まあ、冗談でも言っていい話ではないですからね。
「さあ来なさいリリーシュ!!」
そのルナといった彼女が手を掲げると、舞台に光がフワリと降りて、人の形になります。
また女性の様ですね。
あれがリリーシュ様なのでしょうか?
実物を見たことはありませんので、私には判断が付きませんが、あの自称女神の行動からすれば偽物でしょう。
そう思ってリリーシュ様を実際に見たエルジュ様、そして書物や像でリリーシュ様を知っているルルア様に目を向ければ……
「あ、あ、あ……」
「う、そ……」
2人とも口をパクパクさせて唖然としています。
「なんですかルナ様。一応私も忙しいのですが?」
「なーに言ってんのよ。このユキみたいに確実な成果上げられてないくせに。知ってるのよ、ユキの事ちょくちょく覗いてたでしょう?」
「うっ、わかってますよ。仕方ないんです。私だって色々手探りなんですから。ルナ様が連れてきた人がどう動くか気になりますってば」
「まいいわ。とりあえず何か一発芸しなさい。この場の空気を盛り上げるのよ」
「えー、私特に何もできませんよ?」
「私ほどとはいかないまでもそれなりの体つきなんだから脱げばよし!!」
「いやーパワハラです!!」
そんな事をし始めてようやくエルジュ様とルルア様が動き出します。
いや、最速で動きました。
「「リリーシュ様に何してるんですか!!」」
……どうやら、あのリリーシュ様は本物の様です。
つまり、あの自称女神は本物と。
わかりました。お兄さんが非常に彼女を後回しにしたかった理由が。
こんな事、他国やましてやリリーシュ様を祭っているリテアでやれば戦争間違いなしです。
どこからどう見ても駄目神だぜ!!!
でも、実際神様ですって証明する手段もないよな。
これが、ユキが一番迷っていた理由。
少し、各国が安定してきたから呼べた。




