第233掘:動きだす過去とイレギュラー
動きだす過去とイレギュラー
side:???
暗い光の届かない深い地下、そこにゆらっと、鈍い炎が辺りを照らす。
ここまで暗いと、蝋燭1本ではこの程度が関の山だろう。
恐れもなく、迷いもなく、ただ暗がりを歩いて行く。
コツコツと足音が響いている。
何度も聞きなれた音、何度も通った道、最初にここを訪れた時はどんな気持ちだったのか……。
「……今更何を」
自分の頭によぎったことを、思わず口に出して否定してまう。
そんなことを振り返る資格は私にはない。
あのような振る舞いをして、この場所を奪い取り、そして今、この様なことをしている私には、本当に過去を思うことは許されない。
「……どうした? 中に入らないのか?」
「……申し訳ない。すぐ入る」
気が付けば、目的の扉の前にいて、後ろから声をかけられるまで棒立ちしていたようだ。
とにかく、すぐ中に入り、自分の椅子に座る。
蝋燭を目の前のテーブルに置く、何も変わらない長机だ。
何度、この机で意見を交わしたか……。
私がそうやって、蝋燭に照らされる机を見つめていると、徐々に他の者も集まって来たのか、蝋燭が増え、明かりが増え、薄っすらとだが部屋の様子がうかがえる。
部屋の隅に、木の棚が置いてある。
この暗がりでも分かる程古びた棚だ。
「懐かしいか?」
そんな言葉が部屋に響く。
私はその言葉に咄嗟に振り向く。
そこには、私たちのリーダーが座って私を見ている。
「……申し訳ありません。少し、少しだけ、思い出していました。今更振り返るなど愚かだと知っているはずですが……」
気が付けば、全員が席に着いて私を見ている。
「いや、謝ることはない」
リーダーはそう言って、私が見つめていた古びた棚に視線を向ける。
他の皆も、同じようにそこへ視線を向ける。
「私も……同じだ。ここに来るたび思う。言う通り、振り返る資格などないかもしれないが、思い出してしまうから仕方ない。私たちの始まりと言っても間違いではないのだから」
そう言われて、私も古びた棚に再び視線を向ける。
今はなにも入っていない古びた棚、しかし、ここにいる仲間はあの棚にまつわる思い出がある。
私たちが過ごしてきた時を考えれば、一瞬と言っていいほどの時間だ。
でも、それでも、鮮明に思い出せる。
……私たちを救ってくれたあの人の顔を。
……そして、その人の死にざまも。
「……私たちは自分たちの信念、大事なモノの為、大事な人たちを裏切った」
リーダーがそうつぶやく。
私も他の皆も、その声を聞いてリーダーへ視線を戻す。
「しかし、その信念も意味がなかった。ある意味当然なのかもしれない。結局、私たちも裏切られたのだから。裏切り、裏切られ、私たちはここにいる」
リーダーは私たちの顔をゆっくり眺める。
そして、全員の顔を見終わり、目を閉じ、深く呼吸をして言葉を吐く。
「思い出に浸るのはここまでだ。あとは、私たちが贖罪をするだけ。せめて、自分たちの間違いぐらい自分たちで処理しよう。そして、そのあとは、ピースに託そう」
リーダーがそう言うと、私も含め全員が頷く。
「準備は整った。あとは、行動を起こし、成すのみ」
そして、その言葉を合図に椅子から立ち、ある剣を掲げる。
「未だ見ぬ明日の為に」
「「「未だ見ぬ明日の為に」」」
さあ、私は自分の成すべきこと成しましょう。
side:ユキ
「くしゅん!!」
ふえっ、いかん。
「おや、可愛らしいくしゃみですね」
あ、やっぱり見られた。
ちくしょー、くしゃみはなぜかこんな感じなんだよ。
へーっくしょい、みたいな男前なのはできん。
「ラッツ、皆には内緒な」
そう、内緒にしてくれないと俺の沽券にかかわる。
可愛いくしゃみなんて……な?
「いや、何をいまさら。皆知ってますよ? お兄さんのくしゃみは可愛いって。見られた人は顔をにやけさせてましたが、私も今度からにやけられますね」
「お、奥さんたちが苛める……」
夫婦の間に隠し事はできないのか……。
俺が少し落ち込んでいるのに、ラッツはそれを見てニヤニヤして話を続ける。
「にゅふふふ……、お兄さんのそんな姿を見られて、妻として嬉しい限りです。今日は私の番ですし、燃え上がりそうですね。と、そこはいいとして、風邪とかではないのですよね?」
「ああ、なにか鼻がムズムズしただけだな。ドッペルが風邪で体調崩したってのは聞かないし。睡眠もとってるしな」
ドッペルは魔物ではあるが、人に変化した以上、新陳代謝はあるし、動けば疲れる。
だから、風邪を引いてもおかしくはないが、とりあえず、風邪のような節々の痛みや諸症状はない。
「なら、残っているメンバーの誰かが噂でもしているのでしょう。皆、お兄さんのことが大好きですし」
「……そうだな。無理を言って残ってもらったし、心配してるだろうな」
最近、新大陸に来てから別行動ばかりだし、迷惑をかけてるよな。
娘も生まれたのに奥さんたちに任せっぱなしだし……。
「大丈夫ですよ。お兄さんはそうやって、いつも私たちのことを思ってくれてます。だから、私たちも残っているメンバーもお兄さんを信頼してますし、安心して前に進んでほしいんです」
「ラッツ……」
「そうですね~、私たちに何かお詫びをしたいと言うのであれば、さっさとエナーリアの用事を済ませて、美味しい手料理でも作ってくださいな」
「ああ、ありがとう。と言っても、今日はここで野宿だしな、ここはドッペルに任せて、俺たちはウィードに戻るんだが」
「なはは、楽ですよね~。でも、こんな方法が無ければ流石にお兄さんについてこれませんよ。娘がほったらかしになりますし」
「本当に、ダンジョンマスターでよかったと思うよ。普通なら、嫁さんをこんな簡単に冒険に連れていけないし、ここまで権力もったら地元でも警戒しないといけないからな」
「ですねー。欲の皮のつっぱったやつとか、誘拐とか普通は考えないといけないんですが、ダンジョンマスターのスキルのおかげで、その心配は限りなく低いですし。もう、お兄さんラブでよかったですよ」
ラッツがそう言って飛びついてくる。
俺も嫁さんをハグするのは好きだし、ラッツは嫁さんの中でも胸が大きいからおっぱいが気持ちいい。
「にゅふふふ……。お兄さんが喜んでくれてなによりです。ウィードに戻ったらいちゃいちゃいましょうねー」
そう言ってラッツは胸に顔をうずめてくる。
うん、俺の嫁さんは可愛い。
「あっー、ラッツさんずるいー!!」
「……薪を拾って戻ってきてみれば、ラッツだけハグですか」
「いや、リーア、ジェシカ、落ち着け。今日はラッツの日だしな……」
「そうですよ~。今日、お兄さんは私とラブラブする日なんですから」
「「くっ」」
2人はそう言って悔しがる。
というか、目の光が消えてない?
怖いわ。
「ま、ハグしてもいいですよ。リーアもジェシカも同じ妻ですし、というか、2人とも今日は一緒にしますか?」
「「いいんですか!?」」
いきなり目の光が戻って凄い食いつきだなおい。
「ええ、私も楽しみではあるんですが、娘のこともありますし、ずっとお兄さんとしてるわけにはいかないんですよね。でも、それじゃお兄さんが可哀想でしょう?」
「「うんうん」」
いや、普通にのんびり寝るだけだけど……。
「なら、まだ妊娠していない2人なら丁度いいかなーって。トーリたちはトーリたちでチームになってますしね。私が娘のところにいったあとは、お兄さんのことお願いしますね」
「「任せてください!!」」
いーやー、俺が食べられる!?
「と、そこはいいとして、ミフィー王女、ミストさん、そして聖剣使いさんと一緒でしたが、どうですか?」
「どうって?」
「あー、その、なんと言っていいのやら、ちゃんと停戦になりそうかとか、裏があるのかとかですね」
「あー、それな」
しかし、ラッツも切り替えが上手いな。
仕事の話に切り替えれば、リーアもジェシカも俺を襲う目から、仕事モードの目つきにかわった。
さて、ミフィー王女たちの様子ね……。
「話を聞く限り、停戦はジルバ王の命令みたいだし、それで話は進むと思う」
「そりゃそうでしょうね」
「でも」
「でも?」
「聖剣使いの解放はいいとして、ミフィー王女の嫁入りは相手さん嫌がるだろうな……」
「あー、ミノちゃんたちの件は独占したいでしょうしね」
そう、ジルバもエナーリアもお互い停戦をしたいのだが、面白い状況で、どっちも停戦するための条件を必死に探しているのだ。
俺たちはお互いの内情は大体察しているので、笑えるのだが、ジルバとエナーリアとしては、どうすれば自分の利益を保ちつつ、ばれないように停戦出来るかを考えるのに必死なのだ。
だから、聖剣使いが戻ってくるのは嬉しい。でも、ジルバの人間が、しかも王族が人質みたいなものでも、嫁入りされるのは非常に避けたい。
なぜなら、ミノちゃんとの取引がばれる可能性があるからな。
かといって、ジルバとしても、奪った領地をそのままで穏便に停戦できるとは思っていない。
だからこそ、聖剣使いを返し、ミフィー王女を嫁にやるという手段を取ったのだが……これは停戦会議が見ものだな。
「そう言えば、ミノちゃんで思い出しましたが、先行したミノちゃんたちは無事なのですか?」
ジェシカが思い出したように言う。
ジェシカの言う通り、ミノちゃんたちは俺たちジルバとは別に先に声をかけられ、先にエナーリアへ向かっている。
「大丈夫だ。定時報告は来てるし、扱いも問題ないらしい。もっとも、暗殺されるようなことはないだろうけどな」
エナーリアとしては、先にミノちゃんたちと交渉して、ジルバへ情報が流れるのを阻止し、エナーリアだけに得になるような話に持っていきたいだろうしな。
連れて行っている交渉相手を殺す理由はない。
ま、エナーリア内部が割れているなら暗殺もあるだろうが、暗殺されるようなミノちゃんじゃないし、部下も魔剣使いたちより上を揃えているから、この大陸の一軍相手でもどうにでもなる。
「そうですか、ならエナーリアでは予定通りのんびり出来そうですね」
「のんびり、諜報活動ができるってやつだけどな」
「ええ、ついでにエナーリアでの、その、デートもできればいいですね」
「あ、ジェシカずるいですよ!! 私も!! 私も!!」
「おやおや、なら私もお兄さんとエナーリアでラヴラヴしていいですね?」
両腕をラッツとリーアにとられて、正面には顔を赤く染めているジェシカ。
「……そうだな。何事もないといいんだけどな」
俺がそうつぶやくと、3人とも真面目な顔になる。
「なにか不安要素でも?」
ジェシカが不安そうに聞いてくる。
「いやー、大抵こういう時にへんなイベントがあるんだよ。いままでもそうだったしな」
「あー、なるほど」
「そうですねー」
ラッツやリーアはジェシカより付き合いが長いから、こういう面倒事がおこりそうな場面は何度か覚えがある。
リーアとか勇者になったとたん、魔王戦だしな。
ラッツはウィードがダンジョンの頃からだから、さまざまなイベントに巻き込まれてる。
「しかし、問題と言ってもどのような?」
「いや、わからん。でもな、最悪……」
「最悪?」
「周りが全部敵になるような覚悟はしておけ、一々敵味方の判断なんてしてられない状況に陥ったら、ジルバもエナーリアも関係ない、全て制圧しろ。無論、加減なんてしなくていい、運よく生きてたら止めを刺さないぐらいだな」
「……そんな事態が起こるのでしょうか?」
「さあな、もちろん起こらない方がいい。だけど、起こった時の対処を考えておかないと、俺たちの被害が甚大になる。それで、嫁さんたちが怪我とかしたら泣くぞ俺」
「えーと、その場合はユキが言っていたこっそりこの大陸を調査するという目的が……」
「嫁さんたちのほうが大事だから気にするな。面倒だがその時は適当に旗上げでもして、敵は叩き潰して、のんびり調査しよう」
俺がそう言い切る。
天秤に掛けるまでもない。
嫁さんたちの命かその時だけの情勢に合わせた動き、どう考えても嫁さんたちだ。
「さて、まだ起こってもいないことに頭を使ってもしかたありません。そろそろ、集めた薪に火をつけて晩御飯の準備しないと、セラリアたちが怒りますよ」
「おっと、そうだな。リーア、ジェシカ、準備頼む」
「「わかりました」」
さーて、今日の晩御飯はどうしようかね。
ドッペルの体とはいえ、毎日同じ飯はつらいものがある。
……うーん、そろそろ暑くなってきたし、そうめんでもいくか?
湯がくだけだし、おつゆと薬味で調整できてあら美味しい。
「よし、さっさと作ってしまうか」
そう言って、アイテムボックスから材料を取り出すのであった。
さあ、正体不明の集団が動き出す。
そして、ユキたちは巻き込まれるのか!!
未曽有のピンチの陥るのか!!
心配しよお前ら。
あと、そうめんはまだ食べていない。
みんなはどうですか?




